第51話 付ける薬はなさそうだ

文字数 1,696文字

 二〇〇六年十一月は、バンクーバーでは記録的な大雨が降ったようですが、ここフローレスアイランドでも、連日ストームが吹き荒れるつらい日々が続いていました。雨自体はそんなに降ったって印象でもなかったんですが、ボートの点検に行ったら、あと数センチ水かさが増すか、大きな船が桟橋の前でも減速せずに突っ走って行くとかされてたら、きっと沈没してたな、というくらい、ぎりぎりのところまで水が溜まっていた朝もありました。

 インディアン村の輸送船コマンドパフォーマンス号も、エンジンルームがやばいくらい浸水していたのですが、そのままエンジンをかけようとして、どこかが暴発してボディの横腹をぶち抜いちゃって、再起不能に陥ってしまったのだとか。
 我が家の電話回線は強烈な稲光の放電でヒューズが飛んで受信ができなくなり、その一瞬でコンピューターも焼けちゃった。

 その後数日間、穏やかないい天気が続くときもあり、電話会社の技術者も回線の点検に来ていたのですが、まぁ、こんな辺鄙な部署に“飛ばされて”来てるような人ですからね、何の修理もせずに、本社への報告だけ「修理完了」にして帰っちゃった。
「電話、直ってないけど?」
「え? もう完了ってことでファイルは閉じられてますけど? じゃ、また新しい苦情番号あげます」
「これ、商売用の電話だから、受信できないんじゃ話にならないんですけど」

 でも結局、十八日間も修理に来なかった。信じられない! こんな離島の宿屋に電話通じなかったら、閉じてると思われてお客が来るわけ無いやんけ! ひとつの回線のためだけに、定期便以外にこんな辺鄙なところに人間を送ったら、採算が取れないから、ですって。でもこういうときに即修理をしてもらうために、ビジネス回線で一般家庭の倍額の基本料金を払い続けているわけでしょう? ってもね、ダメ、わかってますよ、カナダの会社ですからね、誠意とかフェアとか、日本の感覚でもの言ったって、最初(はな)から無駄です。腹の中ぐつぐつ煮えたぎらせる分だけ、損です。

 そんなこんなでパソコンは焼けたし、ぼくは外部からの接触を一切受けられない状態で、再びストームの日々に突入。
 ある日はそんなストームの中、インディアン村の十歳の子供が行方不明になり、翌朝七時過ぎに無事発見されるまで大捜索が行われていたのですが、ぼくは電話が受けられないので、知らずに家でぬくぬくとビデオを見ていました。こういうのにさ、協力するのって、もの凄く重要なことなんだけどな。

 またある朝は、北海道で起きた地震からの津波警報でインディアン村がパニックに陥り、夜明け前の暴風雨の中、村人全員高台に非難、なんてこともあったのですが、やはりぼくだけ電話を受けられないのでそんな事態とはつゆ知らず、暖かいベッドでむにゃむにゃと惰眠をむさぼっていたままでした。ぼくの家は入り江に面して村の対岸にあるので、緊急事態の嵐の中、船に乗って誰かが知らせに来てくれる、というわけにもいかないのです(お隣のストアのおやじは、常時つけっぱなしの無線で情報は得ていたのですが「そんなものハワイがやられてから逃げる準備をすればいい」と腹をくくっていたらしいです)。

 結局津波は来なかったので、濡れて寒い思いをせずに済んで結果オーライですけどね、電話会社のやつらが仕事する気も能力もないおかげで殺されかねないってのは、あまりにもばかばかしくって嫌だなぁ。

 さて、嵐もおさまり、待ちに待った電話回線の定期点検が来る日、実際、相手を信じて待っていたら、また何にもせずに帰られちゃうから、対岸の村まで電話会社の技術者を捕まえに行ってきました。
 ボートで湾の一番奥の桟橋まで入って行くと、インディアンの学校の用務員さんが、
「ゆき、捨てちゃうコンピューターがあるんだけどいらないかい?」
 と声をかけてくれました。うわぁ、ありがたいです。親切だなぁ。
 電話は、やっぱりこちらが指摘したとおりヒューズが飛んでたんですが、前回直さずに帰った理由を技術者が言うには「いやぁ、こういった経験がなかったもので……」、て。
 ははは、あはははは、て感じですよ、もう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み