第42話 わけは聞かないで

文字数 1,652文字

 ここはカナダ太平洋側、バンクーバー島の西海岸、風光明媚で有名なクレイオクオット海峡のど真ん中に浮かぶ、島のほぼ全体が深い原生林で覆われた、フローレスアイランドという離れ島です。
 こんな寒い地方の離島の冬なんてさ、考えるまでも無くさびしいっすよ。超さびしいです。

 島には人口およそ八百人のインディアン村がありますが、ぼくが住んでいるのはそのインディアン村とは入り江の反対側にあるアホーザット・ジェネラル・ストアの私有地の方で、ぼくを入れても住民は七人しかいませんから、それはそれは静かなものです。

 あ、ちなみにこの土地は売りに出されていまして(三・五ミリオンカナダドル)、この冬、バンクーバーのプロアイスホッケーチーム「カナックス」の選手たちに売却されるかもしれない、という噂もあります。それよりもライブドアあたりが買ってくれないかな。どうせ売れちゃうなら、想定外の驚きを味わいたい。(←ガーン、この原稿を編集している最中に堀江社長逮捕!)
 ま、それほど退屈しちゃってるのですな。

 退屈していると言えば、普段はトッフィーノに住んでいるストアの孫娘のシャルビィ(六歳)が、ママがおじいちゃんの代わりに店番をしにアホーザットに来たのにくっついて来たときなどは、遊び相手も誰もいないので、いつもさびしそうにしていてかわいそうです。ですから、うちの裏の坂の上に住んでいるストアの息子夫婦の末っ子ヒューイ(八歳)がインディアン村の学校から帰ってくるまでは、仕方がないから遊んであげる、ということもしばしばあります。まぁ元々彼女が生まれたばかりの頃からずっと、何かあるたびに子守りを引き受けてきてもいました(押しつけられてきたと言おうか)。

 あ、シャルビィがトコトコと駆けてきました。あ、なんだ、ヒューイも自転車に乗って後から走ってきています。ヒューイも家が村の対岸だから周りに友達がいなく、一人のときは一緒に遊んであげることもよくあるのですが、二人一緒になるとこれはもうめんどくさい。
「ユキ、遊ぼうよ」
「あー……、帰りなさい」
「かくれんぼしない?」
「帰りなさい」
「ゲームしよっか」
「ゲームは君たちがいつも全部のゲームの中身を混ぜちゃうから、もうどれがどれだか分からなくなっちゃったでしょ? 帰りなさい」
「猫の絵、描いてよ」
 猫の絵? はいはい。さらさら。
「はい、猫の絵。帰りなさい」
「カンフーごっこしよっか」
「帰りなさい」
「おおおおおおおおおおお!」
 ああ! ヒューイが力み始めた。
 シャルビィも「おおおおおおおおおおお!」って、はいはい、スーパーサイヤ人になってもだめだからね、悟飯君、毎日毎日なかなか剣が抜けないよね。
「帰りなさい」

 あのね君たち、見ての通りぼくは今洗濯物たたんでいる最中でしょ? 忙しいの。働いてるの。
「私も洗濯物たたんであげる」
「帰りなさい」
「大丈夫よ。いつもママのお手伝いしてるもん」
 ああ! やめて! ああ、やっぱりぐちゃぐちゃにしちゃった。
「帰りなさい」
「ねぇ、ユキのバスタオルはどんな絵なの?」
 シャルビィがせっかくたたんであるバスタオルに飛びつきました。あ~あ……、あ!
「見た?」
「見た」
 だーっとシャルビィが走り出しました。こ、こら、待てー! ポーチを出たところで捕まえました。
 
「君、いま見たもの、ママに言うでしょ」
「言わないわよ」
 目が泳いでるよ?
「忘れなさい」
 くすぐり倒しました。あ、その横をヒューイが走り抜けようとしてる。今度はヒューイを捕まえてくすぐり倒しました。
「忘れなさい」
 その間にシャルビィは「サンクス・ゴッド」とつぶやいて走って逃げて行っちゃった。
 あ~あ、あっという間にママに言うな、あれは。ということは村中に知れ渡るな、ぼくのバスタオルの柄。

 リリリ~ン。
 ほらね、早速ママのアイリスから電話がかかってきました。
「おやまぁ、ユキ、あんたのバスタオルの柄、キューティーハニーだそうだわねぇ」
 はいはい、そうですよ、そうですとも。
 も、やけくそ。
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