拾壱 之 朱い指

文字数 1,494文字

 何十という鉄輪が火花を放ち凄まじい金切り声で巨体を止めようとする。

 その車体下のどこに奴がいるのかまったく見えはしない。

 特急列車が緊急停止すまるまでに数十秒かかり三百メートルも走った。

 あの車体下の暗がりから女が長髪(ながかみ)を引き()り出てきたなら、もう他に止めようがない。

 徐々に騒ぎが大きくなる中、いつまでも踏切の端に立ち見つめていた。


 何か動きだすのではと(おび)えながら────。





 知らなかった。

 轢死(れきし)体の細切れをマグロというんだと。

 鉄道員はそれをバケツで集めまわる。

 事件はニュースだけでなく幾つものワイドショーに二週間も取り上げられた。

 警察で三日もかかり事情聴取を受け説明した通りのことがあったのだと、(みな)は否定しながら受け入れるしかない。

 鉄扉を破壊しての強引な住居侵入。八階テラス数軒の足痕。七階手すりの指紋。

 色んな状況証拠があったけれど、圧巻なのは警官の証言だった。

 七階から落ちてきた女に同僚が三階まで投げ飛ばされ重傷を負い、五発の銃弾にその女は平然と歩き去り自殺した。

 銃弾の一発は轢死体の頭部から見つかった。

 武器も持たず制止を振り切っただけの公務執行妨害と傷害容疑だけでそれほど撃つのは過剰だと指摘した識者もいた。


 事件は鉄道飛び込み自殺と(くく)られたが、何人もの人が呪いだとか、悪魔だとか解説していた。


 壊された自宅の玄関扉の惨状がテレビに映し出され、専門家は車のボディをプレスするほどの機械が必要だと説明する。そうして七階から飛び降り警官らを振り切り踏切に向かい死んだ素性不明の女の詮索が続いた。

 あいつは何だったのか。

 誰も答えを教えてくれない。

 警察の霊安室に、今もなお、引き取り手のないばらばらの遺体があるから霊でもないのだろう。

 最初に警告した夜の街路で突き倒した老婆も、今となっては確かめることもできなかった。



 事件後、街で見かける誰かが何かを指さす仕草に眼を吸い寄せられる。



 半月ぶりに出社すると、お弁当ライン作業の従業員の顔ぶれが随分と変わったことに気づいた。

 会社の上司や同僚が大変だったねと慰めながらに、真相を知りたがった。

 知っていることはただ一つ。



 理由もわからず追い込まれることの煮詰まる思い。



 無力で無謀な自分が一度でもあきらめたら、この人達にも今、会っていない。

 半月たっても心の中にしっかりとしがみつく畏怖が絶えず他の人らの所作を気にさせた。

 腕を振り上げはしないだろうか。

 指さしはしないだろうか。

 無意味に歩き近づきはしないだろうか。

 そのストレスで部下らに厳しく当たった。

 ライン作業で流れを乱している新人を指さし怒鳴る。


 コンベアの左右にいる十一人がいきなり手を止め顔を上げ振り向いた。


 その新顔らが一斉に腕を振り上げ指さす。


 誰もが規則に反してネット帽から長い乱れ髪を垂らしている。



 痛いほどに顔が強張り、背筋が凍りついた。



 ラインから離れこちらに歩いてくる大勢に後退り、いきなり(きびす)を返すとドアを開き走りだした。



 むりよ!! どうしてなの!?



 そう叫び一心不乱に廊下を駆け続けた。





   ー了ー





 最後までお読みくださりありがとうございました。

 もしも十一人が嫌がらせでなく、これが呪いの所業なら。無理に引き()がしたことにより、さらに複雑に絡みついたのかも知れません。もがくしかできない怖れるものはいったいどうすれば良いのでしょうか────それはめくられた(とばり)の中をさ迷う理解できない境遇です。誰しもが抜け道を見いだせません。

 引き続き(とばり)めくりをお楽しみくださりませ。
 めくった先に開くのは、『綺麗な動く箱』──心よりお(ひる)み下さいませ。




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