09.5【休日の傍ら】

文字数 3,466文字

※番外編

tsuduri

 週末だからといって教員達も皆休日であるとは限らない。現に、アダルブレヒト・カレンベルクはメルボルンの街に出て生徒達の行動に目を光らせている。街に出た生徒達が問題を起こさないようパトロールしているのだ。出した課題の採点が溜まっているので学校に残りたいと考えていた彼だが、当番で回ってきてしまったのだから仕方ない。


 学生というのは自由になると羽目を外しすぎてしまうという傾向がある。既に成人のフリをして酒を買い込もうとしていた数人の生徒の首根っこを引っ張って帰りのバスに強制的に乗せたところだった。息をつき辺りを見渡すと、また何やら不審な動きをしている生徒を見つける。

tsuduri

しかもアレ、A組の生徒じゃないか……。
自身の担当するクラスの生徒の中から強制送還者を出すわけにはいかない。アダルブレヒトは一層気合を入れ、彼の様子を窺った。特徴的な赤毛はいつものボサボサ髪ではなくワックスで整えられている。ピアスもいつもより多く付けられており、普通の子とは一風変わっているがかなりめかし込んでいた。ティーンの間で人気の所謂EMO系というやつらしい。アダルブレヒトはそっと店の影に隠れる彼──ブレイン・ローガンに近づき、彼の視線の先を目で追う。その先には二人の少女。柑菜とエイミーの姿があった。

tsuduri

女の子をストーキングして一体何をするつもりだ?
ヒェアッ!!ア、アル先生……!?いや、別に何をするってわけじゃなくてその……。声をかけるチャンスを窺ってて。
なら早く声をかければいいだろう。
そ、そんな!彼女に話しかけるなんて俺には畏れ多くて……!
何故?簡単じゃないか。やぁ僕も一緒にいいかい?って言えばそれでいい。
黙ってても女性が寄ってくる先生とは違うんですよ。
今言い返したのと同じ位の気概で行けばいいのに……。

陰気臭い格好をしているが、基本的にブレインの顔は端正な方だ。背も高く未だ伸び続けているようだし、コミュニケーション能力さえもう少し上がればモテるだろうに。そう考えつつ、アダルブレヒトは”まぁいいか”とブレインから視線を外した。生徒の恋路に興味は無い。その時、視線を外した先で見慣れたブロンドを見つけると、彼は彼女の姿を目で追った。髪を下ろし、つば広の帽子を目深に被ってサングラスをかけてはいるが、あの姿は見紛う筈が無い。アレはベルタだ。


 アダルブレヒトはブレインの肩を叩き「ストーカーにはなるなよ」とだけ忠告して彼女の後を追った。ブレインが見張っていた店に入っていくようだ。彼女は今日はオフだったはず。何故わざわざ街に出てきたのだろうか。気になった彼は、ウェイターに案内されたベルタがエイミーらの席の対角にある席に座るのを確認し、二人がけのその席のもう一方に腰掛けた。

tsuduri

なるほど、君はエイミーのストーカーか。
アル!?

アダルブレヒトの姿に驚愕したベルタが思わずサングラスを外しかける。しかし、すぐにまたかけ直すと小声で「何してるのよ!」とアダルブレヒトに詰め寄った。

tsuduri

何をしてるのか?それを聞きたいのはこっちだ。あぁ、凄いね。この席は確かにエイミー達のことがよく見える。話は聞こえないけれど。……しかし、何故またエイミーのストーキングを?
ベルタは彼の質問にだんまりを決め込んだまま水の入ったグラスを傾けた。

tsuduri

……まぁ、大事な姪が問題児と名高い柑菜とつるんでいるのを心配してのことだろうが。
違うわ、柑菜とエイミーが仲良くなることに心配は無い。彼女は悪戯行為以外なら常識的な子だし、ある種素直でもあるからエイミーの友人としては申し分ないと思っているもの。心配なのは、子供だけで街に出て変な誘惑にそそのかされないかってこと。
エイミー、かなりチョロそうだしね。
ちょっと、チョロいって何よ。わたしの姪を侮辱しないでくれる?
侮辱じゃないさ。現実的な心配をしている。
あら、貴方が生徒を個人的に心配するだなんて。槍でも降りそうね。
だって、今彼女はあのハンサムなウェイターの方をボーッと見つめながら彼に勧められた紅茶を飲んでいるんだよ。騙されている真っ最中じゃないか。
なんですって!?
メニュー表に隠れていた顔を上げ、二人の方へと視線を遣ると。アダルブレヒトの言うとおり、エイミーはカップを口につけたままウェイターの姿を目で追っているようだった。

tsuduri

なんてことしてくれてるのよあのウェイター……!あの子のお小遣い少ないのに……。
少なくしているのは君だろう。それにあのウェイターは悪くないと思うよ。悪いのはまんまと彼の商売に乗ってしまった彼女──と、他の女子生徒達だ。
エイミーと同じように紅茶を飲みながらウェイターに見惚れる女子生徒らに呆れた目を向けるアダルブレヒト。やはり人生経験の少ない子供である女子高生はいいカモなのだろう。ベルタはぐっと拳を握りしめると立ち上がり、例のウェイターに声をかけようとした。

tsuduri

おい、ベルタ。何をするつもりだ?
決まってるでしょう。抗議するのよ!
おっとそれは賢くないね、ベルタ・ペンデルトン。君は姪のこととなるとIQが犬並みになってしまうようだ。
なんで犬なのよ……。
あ、ご主人が悪い奴に騙されてる!よーしあたしが怒ってやるぞ〜わんわん!ってね。
何よそれ、あなただってうさぎちゃんの癖に……。あら口が滑っちゃったわ。
それは一体どういうことかな?怒らないから言ってごらん。
あらそんな。綺麗な女性と知り合うとすぐに口説いて寝ちゃうから貴方と関係を持った初等部を含めた女教師陣に影で”万年発情期のうさぎちゃん”って呼ばれていることなんて言えないわ。
はっ、何を言ってるんだ。僕は学校関係者とそういった関係になったことは一度も無い。
でも口説きはしたんでしょう?
あんなのただの社交辞令だ……。ほら、レストランで用を足すなと言うだろう?
 ”レストランで用を足すな”とは、職場恋愛だけはするなという意味のスラングである。アダルブレヒトは面倒事というのが一番嫌いな人間だ。彼の中で職場恋愛というのは、数多の面倒事の中でもトップクラスに入る面倒事であった。ことベルタ相手だと例外になるようだが。家を継ぐこと、兵役(今はもうその制度は無いが)、職場恋愛は彼にとっての”三大避けるべき面倒事”なのだ。故に、今彼が目の前の同僚に惚れ込んでしまっていることは、彼自身にとって最も信じられない事だった。

tsuduri

あまり誰彼構わず口説かないのよ。教師ならともかく、生徒だったら勘違いするわ。確実に。
気をつけようと思っても癖みたいなものだからね。いやはや、どうしたものか。
大丈夫だとは思うけど、エイミーだけは絶対に口説かないでよね。
……口説くわけがないだろう、あんなちんちくりんを。
ちんちくりんですって?あんなに可愛いわたしの姪を、ちんちくりん呼ばわり?
じゃあ言い直すよ。あんなに可愛い女の子に手を出すわけにはいかない。
可愛いだなんて、あの子のことをそういう目で見ないで!
じゃあどう言えばいいんだ、君言ってることが滅茶苦茶だぞ!
大体、どうしてあの子は貴方にばかり懐いてるのよ!わたしが担任であり後見人であり叔母なのに!
それは君が周りに贔屓と感じさせないよう彼女に必要以上に厳しくするからだ。それに彼女は君が後見人であり叔母であることなんて知らないんだから仕方がないだろう。全て君が決めたことだ。……それに、君に休暇中の世話を頼まれた時点で僕はあの子の保護者になると決めた。
勝手に決めないでちょうだい。あの子の保護者はわたしよ。血縁者なの、お分かり?
血なんて全く関係ないさ。彼女が一番心を許している人物こそ保護者という肩書に値する。
それが貴方だって言うの?自惚れね。
だって実際にそうだからね。これから彼女に悩みが出来たりしたら、一番に相談しに行くのは僕の元だろう。
話しにくいことを直接教員に相談するわけがないでしょう?あの子は一番に後見人であるわたしに相談するはずよ。手紙でだけれど。
君の返事はいつも数行とお小遣いのみ。そんな人に大事なことを相談すると思うのかい?保護者は僕だ。
保護者はわたしよ!
カフェの隅で”エイミーの保護者は誰”か論争が勃発し、お互いが自身こそエイミーに心を許してもらっていると主張する中。対角線上の隅では今まさにエイミーが柑菜に”相談事”を話していたところで。彼女らは一方で教員らが口喧嘩真っ最中であることなど露知らず、はしゃぎながらカフェを後にしていく。二人がとうに退店したとアダルブレヒト達が気づいたのは、それからずっと後のことであった。




更新 2019/11/5 つづり

tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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