第二十八話、使者ソロン

文字数 2,698文字

「おかしなところで出てくるものだな」


 ドルフはひげをなでた。野営中に領主の使者が来たと報告を受けた。使者の名と種族を聞いて耳を疑った。


「ソロン様とは、まったく、これは予想外ですな」


 そう言いながらムコソルは少し愉快そうな顔をした。


「うむ、世話好きな奴だと思っていたが、まさか、人間の使者になるとは」


「お顔の印象とは違い、お優しい方ですから」


「イグリットめ、おかしな駒をもってきたな」


「どうなさりますか」


「どうしたものか」


「お会いになるのですか」


「古き友が訪ねてきたのだ。草場の腹巻き、会わねばなるまい」


 草場の腹巻き、とは、ドワーフのことわざである。古い友人が訪ねてきたらはらわたが飛び出ていても会えという意味である。


「あまりしゃべりすぎないようにしてくださいよ」


 ムコソルは釘を刺した。


「わかっておるわ」


「ソロン様は、どちらの味方なのでしょうね」


「会えばわかるだろ」







 ソロン一行は、広めのテントに案内されていた。簡易なテーブルがあり、折りたたみ式の椅子にソロン、シャベルト、ヘセントは座らせていた。テーブルの上にはエールと塩見の強いチーズが置かれている。テントの入り口にはドワーフが二名立っており、時々こちらの様子を眺めていた。


「生きた心地がしませんね」


 シャベルトが声を秘めた。ノコギリリスのパン吉はシャベルトの胸元で縮こもっている。


「戦争中だからな、皆殺気立っている」


 ソロンは答えた。


「本当に、友達なんですか。ドワーフの王と」


「そうだ。向こうが忘れていなければな」


 私を疑っているのか。ソロンはシャベルトをにらみつけた。


「何年ぶりにお会いになるのですか」


 ヘセントがいった。


「三十年か四十年か、そんなものかな」


「そうですか」


 友人にしては、ずいぶん長くあっていないような気がするが、人の尺度とエルフの尺度では違うのかもしれない。ヘセントはそう思った。


「おう、待たせたな」


 ドルフとムコソルがテントの中に入ってきた。ドルフはミスリルの鎖帷子に身を包み、赤いマントを羽織っている。ムコソルはゆったりとしたローブを着ていた。

 ソロン達三人は立ち上がり、挨拶と簡単な自己紹介をした。


「座ってくれ、わしはドワーフの王ドルフ、この男は、ムコソル、わしの側近だ」


「おひさしぶりです、ソロン様」


「うむ、ひさしぶりだなムコソル」


「さて、見ての通り、ちと立て込んでおるのだが、今日はどうしたんだ」


「まずは頼まれごとから済ませよう。領主から親書を預かってきた」


 ソロンは親書を渡した。

 ドルフは親書を開け、じっくりと目を通し、ムコソルに渡した。


「返事は後で書こう」


「ここからは私用だ。噴火なのか」


 ソロンは問うた。


「そうだ。噴火だ」


 ドルフは目を背け答えた。


「やはりそうか」


「ああ、そういうことだ。悪かったな、せっかく忠告してくれていたのに、忘れていたわけではないが、いろいろあってな」


 ぎこちなく笑った。


「おかげで面倒なことに巻き込まれた」


「それはわしの所為ではないぞ。なんでおまえさんが領主の使者になっておるのだ」


「たいした話ではない。弟子が巻き込まれて、私も巻き込まれた」


 ソロンはおよそのいきさつを話した。


「そいつはついていなかったな」


「だからまぁ、私は別に領主の側に立っているというわけでもないのだよ」


「そいつはいい話だ」


「で、どうする気だ」


「続けるよ」


「和平交渉に応じる気は無いのか」


「考えておくよ」


 親書をちらりと見た。


「どこまでやる気なんだ」


「どこまでと言われてもな、ほどよいところで、かな」


 ドルフは言葉を選びながら慎重に答えた。


「ほどよいところとは、どういうことなのですか」


 ヘセントがむっとした顔で言った。


「ほどよいというと、ほどよいだ。どこでやめるかは、わしが決める」


「戦争なんですよ。そんないい加減なことを言わないでください」


「小僧、戦いをどこでやめるかなど言えるわけがないだろう。言った時点で不利になるだろうが」


 少々あきれた顔をした。


「そもそも、戦う必要性がどこにあるというのです。災害なのです。助けを求めればいいではないですか」


「人間にそんな余裕があると思うか。去年の冬には何人も飢え死にを出しておるではないか。ギリム山が噴火すれば、各地に被害が出る。気候の変動もでる。二万の大食らいのドワーフを養える余裕はあるまい」


「バリイ領だけでは難しいかもしれませんが、国に頼ればいいのではないですか。他の領主もいます」
「国が金を出したがると思うか。領主の権力が強いこの国では、領主の弱体化は必ずしも国にとって不利益ではない。他の領主も似たようなものだ。領地内で起こった問題は基本領地内で解決する習わしだ。わしらの所為で、バリイ領が疲弊すれば、それだけ己の領地を増やす機会が増える。バリイ領の経営が立ちゆかなくなれば、国や他の領主が踏み込んできて、領地をむしり取ることになる」

 人間同士でよくやるよ。ドルフは付け加えた。


「確かに困難な道だと思います。ですが、戦争となれば、人もドワーフも共に死に、領地も荒れます。そうなれば将来的に両方困ることになるのではないでしょうか。この国がだめなら、最悪、他の国に移住するという方法もあります。人とドワーフ、共に生きる道を話し合うべきなのではないでしょうか」


「無理だ」


「なぜですか。あなたが決断すればいいだけのことでしょう」


「ドワーフの王にそれだけの力はないのだよ」


 ソロンが言った。


「言いにくいことをいってくれるわ」


 ドルフは顔をしかめた。


「ギリム山のドワーフは四つの部族で構成されている。四つの部族はそれぞれ緩やかな塊で存在しており、はっきりと自分がどの部族に属しているのか答えられない者も多い。だが部族長達はそれぞれしっかりとした血縁意識を持っている。ドルフはギリムドムの部族長を兼任しているから、残り三つの部族長の調整役が王の役割だ。三つの部族のうちどれかが、あるいはすべてが、話し合いではなく、人間を攻めると言えば、それを止めることは難しい」


「けっ、人の家をのぞき見しやがって、いやな野郎だな」


「では、あなたはこの戦争に反対なのですね」


「そうともいえん」


「どういうことです」


「こうやって参加してるんだから反対とはいえんだろ。やりたくはないが、やらなくてはいけないのならやるんだよ」


「なんとかできないのでしょうか」


「できん。何ともならんから戦争になっとる」


「説得を」


「説得できなかったから、戦争になっているんだよ」


 ソロンは諭すように言った。


「言いにくいことをいいやがる」


 ドルフは舌打ちした。

 それから一時間ほど話をしたが平行線に終わった。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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