第11話 もうひとつの、雀のお宿 其のニ

文字数 1,757文字

「にしても、やけに重い葛籠じゃのう……」
 雀からもらった葛籠を担いで、颯爽と、帰途についたマサ吉だった。
 ところが、帰宅の道すがら、彼は幾度となく、心がくじけそうになった。
 なぜなら、それほど、この葛籠は、非常に、重く、荷厄介な物件であったからだ。
「この葛籠のなかには、いったい、 何が入っておるじゃ」
 やたら重い葛籠に閉口して、マサ吉は、しきりに首をひねるのだった。
 それでも、マサ吉は、めげやしない。正直者の彼はまた、いたって心延えの優しい男でもあったからだ。
  誠実そうな、あの雀さんたちが是非にと言って、与えてくれたお土産じゃ。家に持って帰らなければ、バチがあたるってもんじゃ。
 マサ吉はそう思うから、うんざりしながらも、やたら重いこの葛籠を必死になって担ぎ、家路を急ぐのだった。
 やがてやっとわが家に、たどり着く。
 そんなマサ吉は「おーい、いま、帰ったぞ」と、息切れ切れに、妻に声をかけた。
「あら、おまえさん、お帰りなさい」
 奥の部屋から、妻の渋子が顔を出す。
「雀のお宿は、どんな塩梅だったのかい、おまえさん」
 と渋子が尋ねる。どこか仔細あり気な口ぶりで。
「うん、まあ、おおよそ、こんな風だった」
 ようやく一息ついたマサ吉は、雀のお宿でのいきさつを、縷々、彼女に語って聞かせるのだった。

「あら、まあ、やっぱり」
 マサ吉の話を聞くやいなや、妻の渋子は思わず、ほくそ笑んだ。
 あの話しがふと、頭をよぎったからだ。
 あの話し――。
 それは、かねて彼女が耳にしたことがある「雀のお宿」――の話であった。
「だとしたらさあ、おまえさん、あれじゃないのかい」
 ほくそ笑みながら、渋子が、マサ吉に尋ねる。
「助けてやった雀から、何か、お土産を貰ったんじゃないのかい?」
 ね、そうでしょう、と彼女は覗き込むようにして、マサ吉の顔を見た。
「おう、そうじゃった」
 いまさらながらに思い出したように、マサ吉は小さく手を叩いた。
「それなら、土間じゃ……土間に置いといた」
 そうマサ吉は言うと、よっこらせと腰をあげて、やおら土間へと向かった。
 もちろん、渋子も後につづく。弾んだ顔と足取りで――。
 マサ吉が聡明なのは、渋子のみならず、この村の者にも、夙に知れ渡っていた。  
  彼女は、だからたかを括っていた。
 マサ吉が持って帰ってきた葛籠は、お宝が入っている、小さな方に違いない、と。
 がしかし現実は、なかなか、思い通りにはいかない。いや、むしろ、そうならないことのほうが、多い。それが、現実の救いのなさだ。

「ほれ、これじゃ」
 土間に着くと、マサ吉は、持って帰ってきた葛籠を、渋子に指さして見せた。
「え⁈」
 渋子は一瞬、目を疑った。
 極限状態のなかでは、人は笑うことで、心の均衡を保つらしい。
 もちろん、渋子も、その例外ではない。
 葛籠を見た彼女は「ははは、う、うそだよね、おまえさん」と、ヘラヘラ笑いながら、二、三歩後ずさった。
 にわかに信じがたかった。
 よりによって、聡明な夫が、こっちの葛籠を選んだことが――。
 それはそうだ。なにしろ、土間に置いてあったのは、大きい方の葛籠だったからだ。
 それを見たとたん、渋子は腰を抜かして、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 それからしばらくして、絞り出すような声で、渋子は言った。
「お、おまえさん……ど、どうして、こっちの葛籠を選んだだい?」
「うん⁈ どうして? どういうこった?」
「ど、どういうこったって、この場合は、小さな葛籠を選ぶところだよ、おまえさん」
 何かを恐れるように、渋子は小声で言った。
「なんでじゃ」
 マサ吉は腑に落ちないという表情で、ことばを継ぐ。
「儂は、儂の心に忠実に従ったまでじゃ。それの、何処が悪いんかのう?」
 そうあっけらかんと言うわが夫に、渋子は口あんぐりで、ことばもなかった。
 それも無理はない。
 あの話しによれば、こっちの葛籠には、魑魅魍魎がわんさか潜んでいるらしい。
 ふと、それが頭をよぎって、思わず渋子は、怖気を奮う。
 にしてもだわ――さっぱり合点がゆかなかった、渋子は。この聡明な夫が、なぜ、こっちの葛籠をえらんだのか、と思うと。
 そこで渋子は問わず語りで確かめるのだった。
「聡明なおまえさんが、よもやあの話を知らない、ってことはないわよねえ」


つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み