第18話 試してみよう

文字数 5,238文字

01
 大介は戸惑った。
 悠治は一体何を話してるんだ?遺言のつもりか?
 悠治は確かに両親を憎んでいる。両親の無責任の結婚は、彼一家の悲劇を生み出したから。
 でも、それは誰にも知られたくないことじゃない?
 やはり、自殺のつもりだから、すべてを打ち明けたのか?
 口を噤んできた悠治がお喋りになった理由はともかく、緊急なのは、彼を危険なところから離させることだ。
「お前の結婚観は…よくわかった!まったくその通りだ!」
「とりあえず、そこを離れろ、何処かに座って、じっくり話そう。新しい企画にその観点を生かせるかもしれない!」
「こういう時、新しい企画か……本当に仕事バカだな」
 悠治は視線を伏せて皮肉そうに笑った。
 そして、頭を上げて、きっぱりと断った。
「嫌だ」
「!」
「お前も言った。両親のことは俺の間違いじゃない――だから、背負うのをやめたんだ。思い出すだけで潰されそうな日々、もうたくさんだ」

 目が全然見えない距離なのに、大介はなぜか、絶望の眼差しを感じた。
「ただの友達では救われない」
 頭の中で、新聞記者の話が蘇る。

 そうだ……
 悠治が必要なのは、ただの友達ではない。
 一緒に重い過去を背負う人だ。
 雪枝は彼が守ろうとする妹。彼女の前で悠治は何も言えない。
 黒河は多忙で強引、なにより神経が太い。彼女にも打ち明けない。
 悠治はずっと一人で背負っている。
 だから、彼自身から悠子という助け役の人格を……
 そういえば、悠子はどうした?
 悠治が死にそうな危機にあったら、悠子は出てくるはずだ。

 電光の速さでいろいろ悟った大介はもう一度呼びかけた。
「悠子!そこにいるだろ!出て来い!」
「……」
 悠治は崖へ歩き出そうとする足を止めて、薄く笑顔を浮かべた。
「でないよ」
「!!」
「俺が本当に死にたいと思ったら、悠子様は同意するしかできない」
「……」
 悠子の人格が強いと思ったら、やはり主人格のほうが強いのか!
 悠子はダメだったら、いちかばちか、チャンスを作って悠治を掴もう!
 大介は神経を引き締めて、こっそり足を前に移動した。
「悠子様はお前を脅かしたのは、本当に俺を救うためだと思う?」
「?」
「雪枝が幸せを掴んだら、俺は消える。昔から決めたんだ。でも、悠子様には、ちょっと心残りがあった」
「お前を尾行する半年、悠子様はお前のバカぶりをさんざん見てた。この人は大丈夫かなと心配していた。だから、死ぬ前に一度お前を教育したいと思った」
「!!」
 なんだと?!悠子がオレのために?
 思わぬ告白に、大介は一瞬動きが止まった。
「喜べ、悠子様はお前のことを気に入ったんだ」
「そんなわけが……!!」
 大介は思わず否定しようとしたら、突然に、ずっと感じていたもやもやした違和感が晴れた。
 悠子・悠治が何のために自分のところに来たのか、やっと分かった。
 真実を悟った大介は、悠治に向かって、大声で否定した。
「違う!悠子・お前は、お前自身を救うために、オレのところに来たんだ!お前という人間のことを知ってほしい、話を聞いてほしい、ずっとオレにSOSを出している」
「!!」
 今度は悠治のほうが動けなくなった。
 自分の判断に確信を持った大介は真正面から一歩進んだ。
「両親のことでも、何でもいい、潰されそうになるのなら、オレが一緒に背負ってやる。だから、死ぬことを考えるのをやめよ」
「……」
 悠治の肩が小さく震えて、つまらなさそうに視線を逸らした。
「お前こそやめろ。気持ち悪い、愛の告白みたいなセリフ。それは俺みたいな人間への言葉じゃないくらいのが分かっている」
「何故お前への言葉じゃないと決めつける?お前は愛される資格がある!」
「!!」
 あまりにも突然な展開に、悠治はビシッと全身が震えた。
 大介は退かずにもう一歩進んだ。
「ちょ、ちょっと待って、確かに、悠子様はお前のことを気に入った、しかし、俺はな――」
「お前は愛されるだけの才能がある――」
「――――」
 ちょっと取り乱した悠治だったが、大介の最後の言葉で、また目の光を失った。

「ふ……結局才能かよ」
 悠治は軽くため息をして、崖の外に目を向けた。
「やぱりいいんだ。お前に背負わせる筋合いはない――さようなら」
 悠治は身を翻し、崖の外に飛び出した。
「!!!」
 大介は慌ててその後を追って、悠治の手首を掴んだまま、崖の外に連れ出された。


(しまった!!)
 大介はを急降下で思考が飛ばされた一瞬、誰かに頸を抱きしめられたのを感じた。
 その同時に、耳元で艶の囁きを聞こえた。
「バカ、気に入ったのは本当よ」
「!?」
(悠子……!)
 悠子は片手で大介を抱え、崖から突き出した岩を踏み台に、もう一方の手で壁を強く掴んだ。
 二人はヤモリのように、崖にしがみ付いた。
 大介は悠子と壁に強く挟まれて、身動きが全く取れない。
 辛うじて呼吸を整えて、悠子に質問した。
「悠、子……今まで、何をしていた……」
「フ」
 悠子は答えずに、ニヤッと大介の目を見つめる。
「一緒に崖から飛び降りてくれる男なら――」
「?」
 何かよくない予感がして、大介は思わず冷たい息を飲んだ。
「分かった!試してみよう」
「!!」
 真正面の襲撃のような熱いキスに、大介は言葉もでなかった。

 02
 4か月後。
 雪枝は六月の花嫁になって結婚した。
 あの自殺未遂の夜から、悠治が4か月ぶりに大介の前に現れた。
 あの夜、崖の上から警察に救われた後、悠治は姿を消した。
 またバカのことをしないかと心配してたけど、すぐ悠治から「気まぐれの海外旅行に行った」と連絡があった。
 雪枝に確認してみたら、そっちにも生声の連絡入ったみたい。
 とにかく、悠治は精神的に安定になったようで、一安心した。

 しかし、その一安心の時は嵐の前の静けさに過ぎない。
 数日後、穂香が人生の重大決断を直面するような真剣顔できて、
「反町さんがすべてを説明してくれると悠治さんから言われました」
 と大介に悠治の両親のことを尋ねた。
 五里霧中の大介は穂香から彼女の正体を聞いた。
 すると、悠治が消えた理由が分かった。
 悠治は爆弾を自分に投げるつもりだ。
 ここまで追い詰める穂香に対して、もう隠しても無駄だと思って、
 なるべく衝撃を和らげるような言い方にして、婉曲的に穂香に真相を伝えた。
 それでも、穂香の人生観が壊し掛けそうになった。
 彼女を慰めるのに一苦労をした。

 穂香の件が落ち着いたばかりで、雪枝からも電話がかかってきた。
「お兄ちゃんから聞きました。穂香さんは私とは生き別れの姉妹のようです。大介さんが説明してくれるって言われました」
「……」
 どこまで嘘をつけばいいのか大介は死ぬほど悩んでいた。
 幸い、雪枝は自分が父親の実の子供ではないことにすでに気付いたようで、
 大介は「母親が不倫」をしたと、もっとも「やさしい」事実だけを伝えた。

 面倒なことは、二人の妹だけで終わらなかった。
 とある出版社から、
「悠子さんのマネージャーさんですね!あの小説の紙本を出版させてください!コミカライズのご検討も是非お願いします!」
 と連絡が来た。
「……」
 自らの手であの名誉棄損の小説を更に広げるというのか?
 これはどんな刑罰だ……

 また、悠治の家の消防点検、保険の更新、水道クリーニング工事……全部、大介のところに連絡を入れられた。
 大介は完全にお尻ふきにされたような気分だった。

(人助けをしたのに、なんでこんな目に合わなきゃならないんだ!)
 何回も悠治に電話して抗議したかったけど、「訴えても無駄」とういう考えにその衝動が潰された。
 それと、ちょっとだけ、どんな心構えで悠治に向き合うのか分からない。
 崖の上でいきなり「告白」と熱いキスをされて、どうどらえばいいのかまだ心の整理ができていない。

 ただ、やつが間の前に現れたら、今までのことをきちんと清算すると心の中で誓った。

 03
 雪枝の結婚式で、悠治は家族として普通にパフォーマンスした。
 その整えた正装とさわやかな兄らしい笑顔を見て、大介は影武者ではないかと戸惑っていた。
 披露宴で悠治が新郎新婦の友達の挨拶に忙しくて、話をかけるチャンスがなかなかなかった。
 目を離すうちに、悠治の姿がまた消えた。

 大介は慌てて探したら、中庭の机で泣き崩れの悠治の姿があった。
「……やっぱり本人か」
 大介はひとため息をして、前に出た。
 こんな人に清算を持ち込もうとする自分こそどうかしていると錯覚もあった。
「妹の結婚式で号泣する兄はどこにいる。縁起でもない」
「兄弟姉妹もいないお前に何が分かる!」
 悠治は鼻をすすりながら言い放った。
「兄弟姉妹がいても分からない!それより、この間のこと、説明してもらえないか?」
「なんのこと?」
 案の定の知らんぷり。
「とぼけるな。小日向さんから雪枝さんから水道クリーニング……」
「失礼だな、俺のかわいい妹たちを水道と並べるなんて……」
「お前がやらせたんじゃないか!!」
 張本人がここまで白を切る姿勢を見せたら、さすが大介も限界だ。
 悠治はテュッティで一度顔全体を拭いて、机に置いてあるミネラルウォーターのボトルの半分を飲んだ。
 それから咳ばらいをして、ちょっと整えた表情になって返事をした。
「それは、お前がさきに『一緒に背負ってやる』なんか気持ち悪いこと言ったから、望み通りにしてやったんだ」
「雑事まで背負うと言っていない……」
「じゃあ、色ごとだけをもらっていくつもり?ズルい男だな」
 悠治が目を逸らしてぼつぼつ嘆いたら、大介は我慢できず、悠治からペットボトルを奪って、彼を自分に向き合わせた。
「色ごと?なんのことだ!俺の名誉にかかってるから、はっきりさせろ」

 悠治は目を細くして、フンと鼻で吹いた。
「悠子様にキスされただろ。俺もされたことがないというのに……」
「シスコンの後は自己惚れか……」
「それに、悠子様はお前で試してみようと決めた。俺は別にどうでもいいけど……悠子様が飽きるまでに、お前の相手にしてやるよ」
「……お前…だけで決めることじゃない、俺はまだ――」
 大介の反論に構わず、悠治は早口で続けた。
「大体の女子に苦手だろ?悠子様が傍にいれば、払ってやれる。出版社とのコネもできたし、ついでに何か新規事業でも展開してみよう。その小説をお前の名前で出せば、SNSでお前のフォロワー数も増えるし。ぎゃあぎゃあ騒ぐ恋愛脳女子たちの布教活動はすごいぞ」
「……邪道プロモーションもいい加減にしろ」
 大介は眉間を掴んだ。

 こいつ、一体何を言いたいんだ。
 悠子…いいえ、彼と一緒になるメリットを説明するつもり?
 いろいろやらかしたことは、なんで自分へのメリットに繋がったの?
 これは彼なりの愛情表現だったら……
 あんまりにも恐ろしい恋人だ。

 ちょっと待って、愛情表現、恋人、何を考えているんだ!?
 知らないうちにやつのペースに巻き込まれたじゃないか?
「……」
 目がいてぇと喚きながらペットボトルで目を冷やす悠治を見て、大介はピンときた。
 !
 そうだ、こいつはいつもそうだった!
 人の話をすべて無視して、自分の理論を強行する。
 結果的に、他人は我慢できず、彼の領域に引きずられる。
 そういえば、黒河は言っていた。
 両親のことがある前に、彼はかなり優秀だった……
 もしかしたら、ダメ人間に扮して、すべてを計算しているのか?!

 大介がぎくっと震えたら、悠治から嫌そうな視線がなげられた。
「何じろじろ見ている?俺はお前を何とも思ってないぞ。悠子様のご配慮がなかったら、本気でお前を無知な少女を騙すクズ男にしたかった」

 いや、そんなことはないか……
 優秀は子供の頃のことだった。
 いくら頭がよくても、十数年の暗い引きこもり生活を過ごしてたら、相当鈍くなるはずだ。
 まぬけそうな悠治を見て、大介はさっきの仮説を否定した。

「調子に乘るなよ。悠子様のお気に入りと言っても、俺はお前の思うままに動かない。せいぜいプロジェクトをつぶさない程度で動いてやるだけだ……」
 その言い方、感謝すべきかムカつくべきか……

 大介は心の中で頭を横に振った。
 そうだ、彼のリズムに載せられてはいけない。
 でないと、これからもずっと食わそうな気がする。
 なんとしても、主導権を奪い返さなきゃ!
 悠子の「お試し」を拒絶する余地はないなら――

 大介は不思議な感じがした。
 悠治とのこれからの「やりあい」を想像すると、
 なぜか今までのないワクワク感が胸の底から湧いてくる。
 その衝動に唆され、大介は彼自身でも驚愕するほどの行動を取った。

「いいだろう。悠子は俺で試してみるのなら、俺も試してみよう――」
 大介はいきなり一歩出て、両手で悠治の襟を掴んだ。
「お前で」
「!!!」
 悠治は夢にも思わなかった。
 4か月前のあのキス、そのまんま返された。

 その同時に、一年前に大介の調査を済んだ悠子が残した一つの暗示が頭の中で蘇る。
「この人なら、俺・私を……だろう……」


 END
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