第14話 それぞれの事情①

文字数 1,204文字

 科目登録を済ませた翌日のことだ。錠に一本の電話が入った。相手は姉だった。
 姉の麻美は東京の専門学校を卒業し、そのままこちらでOLをしている。同じ東京にいても会うことはほとんどない。話をするのは二ヵ月ぶりだ。
「錠、あんた何やってんのよ」
「何って?」
 察しはついているが、とぼけてみた。
「なんで話さなかったのよ、サッカーのこと」
「ああ、その件ね。なんで話さなきゃいけないんだよ」
「普通、報告とか相談ぐらいするでしょ」
「姉ちゃんに相談してどうなんだよ」
「家族でしょ。いきなり驚いたわよ。母さんにも言ってないで……」
「母さんに言ったの?」
「あたりまえでしょ。っていうか知ってたわよ」
「…………」
 錠は適当に相手をして煙に巻こうと思っていたが、言葉がみつからなくなった。
「錠、聞いてる?」
「……ああ。で、どうだった?」
「母さんも、そりゃ驚いたんじゃない。詳しいことはわからないみたいだから、私がメディアで見たかぎりのことは伝えたけど。いつもみたいに淡々と聞いてた」
「ふうん……」
「でも、もちろん気にかけてるわよ」
「そうかな」
 錠はちょっとふてくされ気味に言った。
「錠は大丈夫だから、って言ってた」
「まあだいたいわかるさ。いつもそんなだ」
「……忙しいからね」
「わかってるさ。俺たちのため、だろ」
 錠の母は女手一つで姉と錠を育てた。地元の名の通った旅館で働いている。大事な役どころらしく、帰りは遅く、休みも少ない。
「そのぶんずっと私が相手してあげてたでしょ。その私に報告もないなんて」
 錠はそれを言われると、いつも押し黙る。
「ところで、就職活動はどうなってんの。もう進路は決まったの?」
 前回もこの話題でうんざりさせられた。錠はすぐに口を尖らせた。
「その話はするなよ」
「何言ってんのよ。むしろこっちが本題よ」
「今それどころじゃないじゃん。ワールドカップかかってんだよ」
「はあ? それとこれとは関係ないでしょ。あんたの将来はどうすんのよ。あんただけのことじゃ
ない。私はともかく、母さんのこと、ちゃんと考えなさいよ」
「ああ、うざいな。なんなんだよ。あれこれ押しつけんなよ。俺は俺でいろいろあるんだよっ」
 錠は声を荒げ、姉は現状を察した。
「もう……。けど卒業はしなさいよ。学費や養育費は四年生までだからね。アノヒトからの」
 錠はまたも嫌な言葉を聞かされ、舌打ちをした。
「ちっ、アノヒトの話もするなよ。払わせたらいいじゃん。俺たちを捨てて出ていったやつにはさ」
 アノヒトは錠が小学生のとき、母と離婚して彼らの元を去っていった。流本家ではその話題が出ることはほとんどないのだが、姉が近所で聞いた噂によると、原因は女性関係らしい。それを嫌悪して姉はアノヒトという言葉を使いはじめ、やがて錠もそれに倣うようになった。
「ふざけるのはいいかげんにして、卒業と就職はちゃんとしなさいよ。自分のためだからね」
 姉は最後に強い口調で念を押した。
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