Prologue「遺言を、義弟に」

文字数 1,033文字


 もし、君がこれを聴いているのなら、義弟にこの言葉を伝えて欲しい。
 俺はあと数分で、死んでしまうから。





 今わかった、これが【死】だ。
 戦場の街の中心部、煌びやかな装飾が施された地下の一室で、俺は銃口を突き付けられていた。
 一つや二つじゃない、多数の……俺より下手な、素人が作った既成拳銃。
 正面を向くと、上品なグレーのストラップスーツに身を包んだ細身の男の姿が見えた。
 歳は中年期程度だろうか、華奢な体躯は彼を小さく見せた。薄く開いた瞳の色が黒く濃いのは、彼の意志が強いことを示しているのかそれとも逆か。

「残念だよ、夕季くん」

 男が言った。
 俺と目が合うと、彼は困ったような苦虫を噛み潰したような表情になった。
 いや、笑ったのか?
 喜楽のそれではない、むしろ逆の、つらそうな……

 つらそう?
 なぜだ?

 俺の死なんて彼にとっては何でもない、有能な人間兵器(アテンダー)の数が減るだけだ。
 ずっとそうして、殺してきただろう。
 ずっとそうして、見捨ててきただろう。
 自分さえよければいい、自分さえ生き残ればいいって……。

「君の弟は」

 男の声が聴こえて我に返る。
 顔を上げると、視線を落としたままの彼が話を続けた。

「朝季くんは、十六歳だったかな?」
「……知っているでしょう、そのくらい。この六年間徹底的に、管理してきたんだから」

 俺の言葉に彼は僅かに笑みを浮かべた。
 いや、困惑の表情か?
 やはりわからない、彼の真意が。

「……っ」

 抵抗してみようと掌に空気銃を作り出した途端、後頭部に強い衝撃が走った。
 融合、生成……ダメだ、間に合わない。
 あぁ、馬鹿なことしたな。他に方法があっただろう、いやこれがやはり最善か?
 何がいけなかったんだろう、どこで間違えたんだろう。

 大人しくしていれば生きれた、
 傍観者でいられたならとても、楽しい街だったのに。

 血で湿った掌でネームプレートを握りしめる。銀の冷たい感触が伝わって、少しだけ涙が出た。
 言葉は無事に届くだろうか?
 彼女に出会えるだろうか?
 幸せになって、くれるかな?

「……残念だよ」

 薄れゆく意識の中で、男の声が聞こえた。
 次に耳に響いたのは、九年前に泣いた少女の声。

『また会えるよね、会いに来てね』

 ごめんね、会いに行けなくて。だけど代わりに、だから、義弟が君を守るよ。
 この物語はきっと、君にとって残酷なものになる。
 だから、だけど、
 一緒に、朝日でも見てくれたらいいな。
 戦場という闇を抜けた先、白い光が差す場所へ二人でーーーー…
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登場人物紹介

白河 朝季(しらかわ あさき)

 179cm.18歳。

 戦場で最強ランクとされる【無制限】の能力を持つ人間兵器(アテンダー)。所属は反乱軍、北域部隊隊長。

 幼い頃の記憶がなく戦場の民家にいたところを白河夕季に拾われ、義兄弟の関係を結んだ。

 八部隊五編制では一番部隊隊長。

白川 凪(しらかわ なぎ)

 158cm.15→16歳

 EMP(外傷専門の戦場医療班)部隊所属。

 平和な田舎の町で暮らしていたが、朝季と出会い彼を追って戦場入りした。会話下手で、人の顔を覚えるのが苦手。

 線が細く華奢、師匠である修二からは「洗濯板」と揶揄されている。

 八部隊五編成では四番部隊副長。

雨月 三次(うづき みつぎ)

 170cm.16歳。

 凪の隣の高校に通う男子学生。

 雨の日に傘を忘れた凪に声をかけ親しくなるが、それには裏の目的があった。

 戦場で母親を失い、特例として田舎に帰れていた元反乱軍の人間兵器《アテンダー》

神谷 景子(かみや けいこ)

 153cm.17歳。

 朝季の幼馴染み的存在の女性|人間兵器《アテンダー》。口下手で毒舌、敬語で話すのが癖。たすくとは犬猿の仲。

 東京入りしてから訓練校に入所したが、その生活が嫌で逃亡したところ朝季に拾われ、特別待遇で白河義兄弟の側で暮らす事になった。

 八部隊五編成では七番部隊隊長。

綾音 たすく(あやね たすく)

 173cm.19歳。

 凪が戦場入りした際に教育係になった戦用|人間兵器《アテンダー》。

 内戦が始まってすぐ、東京送り確定孤児院に入所させられた。

「迎えに来る」の母の言葉を信じていたが叶わず、施設内で浮いた存在になり問題を起こしていち早く戦場に送られた、一番最初の孤児院出身者。

 八部隊五編成では六番部隊隊長。

相澤 修二(あいさわ しゅうじ)

 182cm.19歳。

 EMP一種(医者レベル)資格を持つ凪の先輩及び上司。

 反逆者で構成された必死部隊、特攻隊唯一の生き残り。その時の出来事が所以でEMPを目指し、僅か四ヶ月で一種の資格を取得した。

 たすくとは同郷で、戦場に来る前にある約束を交わしていた。

 八部隊五編成では四番部隊隊長。

三上 冬那(みかがみ ふゆな)

 162cm.25歳。

 朝季の保護者的存在。

 上層部と呼ばれる、東京の街で強い権力を持つ組織に属している。

 朝季の義兄、白河夕季とは戦前からの知り合いだった。

茉理 隼人(まつり はやと)

 175cm.24歳。

 人間兵器《アテンダー》の開発及び修繕を行う学医の資格を持つ。戦内戦中は北域部隊司令長の職に就いていた。

 東京軍では総司令職を務め、三十人程度なら同時に声を聞くことができる。人間兵器を開発した、最初の学者の息子で、本名は姫乃隼人。

沼津 弥市(ぬまづ やいち)

 165cm.16歳。

 凪と同い年の分析系人間兵器《アテンダー》

 たすくと同じ施設に入所し、三年前に東京入りした。女顔である事がコンプレックスで、たすくに憧れて真似をしている。

 頭の良さはランク一位だが、言動がアホ故に八部隊五編制では五番部隊副長に就く。

羽田倉 斗亜(はたくら とあ)

 162cm.16歳。

 政府軍のエース、戦闘狂な人間兵器《アテンダー》。

 無制限で戦場ランクは二位。

「斗亜が現れたら必ず死人が出る」と言われており、殺し方も残虐。

 八部隊五編制では二番(精鋭)部隊隊長。

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