第10話 勇者、最初のスーパーでお買い物4

文字数 810文字

「急に血相変えてどうした?」

ハルはおれの焦りまくった挙動に目をぱちぱちさせ、軽く眉間にしわを寄せた。それからおれの手元の財布を覗き込み、「ふん」と喉を鳴らした。

「その紙切れは使えねぇよ。帰ったときのために、ちゃんと取っときな」

「えぇっ! 使えんのですか!?」

あまりのショックに変なアクセントがついた。せっかく、おれにしては珍しいファインプレー出たかと思ったのに、無駄に諭吉信者になる決意だけしてしまった。この世界は、とことんおれと噛み合わないつもりでいるようだ。

「使えん」

すげなく言われる。おれ自身が「使えない」みたいな言い方だ。まぁ、実際にそうかもしれないが、とりあえず今はそれに腹を立てている場合でも、ハルの不愛想さに呆れている場合でもない。

「じゃぁ、おれはどうやって食っていけば……」

画面が暗転して、「GAME OVER」の文字が浮かび上がってきている気分になった。スーパーに辿り着く前におれのライフは尽きようとしている。……あんまりだ。

「何を大げさな……。働けばいいだけの話だろう。とりあえず、しばらくおれがサポートについてやると言ってんだから、食材ぐらい買わせてやる。まぁ、別に買えなくてもどうにかなるんだけどな……。銀がそうしたいならすればいい。ほら、早く行くぞ」

ハルはおれの絶望ぶりを見て肩をすくめ、その場にへたりこみそうなおれの背中を押し上げるようにしてぐっと押した。危うくつんのめりそうになったがそれはこらえた。

言っている意味は相変わらずよくわからないが、おれの知りたい要点だけを都合よく解釈すれば、とりあえず今から行く店では食材を奢ってくれるらしい。さっき会ったばかりの年下っぽい青年に肉や野菜を買わせるのもどうかと思ったが、背に腹は代えられない。

どんな仕事ができるのかはわからないが、働き口があるのならちゃんと働いていつか返そう。そう思い直してスタスタと歩くハルの、どこか黒々しい背中を追いかけた。
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登場人物紹介

山田銀太(やまだ・ぎんた)

中途半端な異世界に迷い込んだ元・教師。アラサーだけど童顔で精神年齢は低め。動物と子どもに弱い世話焼き体質。

ハル

銀太が迷い込んだ異世界での「サポート役」。

不思議なアメジスト色の瞳を持つ不愛想な青年。顔立ちは整っているが表情が邪悪なため銀太に「魔王顔」呼ばわりされている。なにやら「特殊」な存在らしい。

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