第11話 勇者、最初のスーパーでお買い物5

文字数 1,052文字

 ハルが案内してくれたスーパーは、おれの家の近所にあった店と同じような見た目をしていた。ショッピングモールというほどの規模ではないが、食材と日用品が大体揃う。よく利用していた店だ。

ただ、看板には見慣れた企業名は書かれておらず、一見すると何の店なのかもよくわからないただの大きな建物にすぎなかった。微妙な違和感に駆られながら、看板のあるべき位置と迷いなく歩くハルの背中を交互に視界に入れて入り口まで進んだ。

自動ドアが無機質な音を立てて開閉する入り口をくぐると、見慣れた配置の食品売り場が現れた。野菜も、肉も、魚も、ちゃんとおれの知っているラインナップで並んでいる。

見慣れない生き物の肉が並んでいたらどうしようと少し身構えたが、きちんと牛肉と豚肉と鶏肉だった。ただ、どのパックにも「○○産」というような地名の表記はなかった。部位と、グラム数しか書かれていない。

どこかの認定マークとか、消費期限すら表示されていないのはものすごく不安だったが、周囲の人々は迷いなく手に取っていくのだからたぶん大丈夫なのだろう。異世界に来て見覚えのある食材に出会えた時点で感謝しておくべきなのかもしれない。

「で、何が欲しいんだ?」

ハルが手持ち無沙汰そうに、山積みになったじゃがいもを手に取りくるくると回しながらおれに尋ねる。彼には壊滅的にスーパーが似合わない。付き合わせたことを心から申し訳なく思ってしまうくらいの似合わなさだった。

「えーと……その、ハルが持ってるじゃがいも、買おうかな」

深い意味はないのだが、なんとなくハルの傍にいる店員らしき人の視線が気になってそう言った。夕食の食材と言ったものの、この調子では自分の家に置いていた調理器具や調味料の類が残っているのかさえ疑わしい。というか、そもそも今向かっている「おれの家」が、元住んでいたおれの家仕様であるのかもわからない。

それでもここまで連れてきてくれたハルの厚意をムダにするのもどうかと思うし、周囲にはそこそこの人間が同じように買い物をしているのだから、一応調理をすること自体はおかしくないのだろう。

こんなに日常のあたりまえのことひとつひとつを根底から問い直さなければならないことがいい加減面倒になってきたこともあり、あまり深く考えずに一番好きな組み合わせの食材を買うことにした。

それくらい向こう見ずになったって大した罰はあたらないだろう。

一世一代の大勝負に出るつもりで、おれは自分の家らしき空間に、コンロとフライパンがあると賭けた。しかし、少し弱気になって油は買った。
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登場人物紹介

山田銀太(やまだ・ぎんた)

中途半端な異世界に迷い込んだ元・教師。アラサーだけど童顔で精神年齢は低め。動物と子どもに弱い世話焼き体質。

ハル

銀太が迷い込んだ異世界での「サポート役」。

不思議なアメジスト色の瞳を持つ不愛想な青年。顔立ちは整っているが表情が邪悪なため銀太に「魔王顔」呼ばわりされている。なにやら「特殊」な存在らしい。

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