第16話

文字数 1,077文字

作品17 作品名 
 『月の雫』

 混沌とした世界を彷徨う人々は、確かなものを探し求め続けた。
 漆黒の夜空で暗闇に光明がさすように、地上を照らしていたのは月の灯かりだった。

 かつて、実体の無い架空の数字が人間達の生活を崩壊させた。
 新しい経済秩序の根幹は、全人類共通の通貨だった。
 人々は、その通貨を『月の雫』と呼んだ。

『月の雫』は、月に眠る資源の兌換性通貨という事になっているが、人々は月の資源開発を進める事はなかった。
 月は人類に傷つけられる事もなく、夜空に浮かんだままだった。

『月の雫』の発行量は決まっていて、新たに発行される事も減る事も無い。やがて、世界の経済活動の規模は縮小していった。
 そして、数千年の月日を経た今も、『月の雫』は全人類共通の通貨であり続けた。
 人々には新たな価値観が芽生え始めていた。

「お母さん、今日の晩御飯、ステーキがイイな」
「ダメヨ。今日は新月の晩でしょう。今夜は命あるものを食べてはいけないの。御月様に感謝を捧げる晩なのよ」
「え~。そうなの。学校の友達が言ってたけど、御月様に宝物があるって本当なの」
「さぁ。お母さんには分からないわ。でもね、お母さんは思うのよ。御月様が私達を見守って居てくださる事が有り難いって。御月様そのものが私達の宝物なんじゃないかって感じるの」
「ふぅん。宝物って、宝石みたいにキラキラ輝いていないんだね。僕の宝物は、お母さんだよ」
「ありがとう。次の満月の日には盛大にお祝いしましょうね」
「わーい。楽しみだな」

 或る日、遠い地の果てから、黄金色に輝く石を持った男が村にやって来て言った。
「オイ。この黄金色に輝く石を見ろ。これは地上で最も美しく価値のある物だ。しかも、加工し易くて、役にも立つ素晴らしい物だ。この石のかけらと、おまえ達の牛や水と交換してやろう」
「おら達は、そんな物いらねぇ。そんな物が無くても困らねぇんだ」
「おまえ達は『月の雫』を使っているだろう。だが、よく考えてみろ。『月の雫』なんて、ただの石ころで何の役にも立たない。『月の雫』に価値がある何て考えるのは幻想だぞ」
「おら達は、よく分かんねぇが、『月の雫』は御月様の、かけらじゃないのかね。価値が有るかどうかは知らね。ただ御月様が見える村なら何処でも、『月の雫』と欲しいものが交換できるんだ。それだけだよ」

 新月の晩、地の果てから来た男は漆黒の夜空を見上げ、見えない御月様に向かって祈った。
 男の足元には、昼間、黄金色に輝いていた石が転がっていた。

(了)

1016文字
※あらすじ
人類共通の価値観は、眼に見えないものを信じる事。


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