第6話

文字数 4,114文字

「キキトさんは気の毒だったけど、問題は解決したんじゃないの。工場は然るべき処分を受ける、それは仕方ないわ。でもなぜ、どこか釈然としない様子ね」ローズはホワイトの様子を覗き込んだ。

 フレアは煉瓦工場でホワイト達二人と別れ塔に戻ってきた。そして、陽が沈み起き出してきたローズに煉瓦工場地下での出来事の顛末を話した。彼女の予感は不幸にも的中した。せめてもの救いは工場長キキトの死が速やかに知れたことか。魔導師ジンの行方はまだ不明のようだが、それは警備隊に任せておけばよい。

 ホワイト達は研究施設に置かれていた書類の一部も持ち帰っていた。そこで何が行われていたか興味があったからだ。ローズもそれに興味を持ち、ホワイトの倉庫へやって来た。上機嫌でやって来たローズなのだが、ホワイトは浮かぬ顔だ。

「あの工場へ行ったのはあくまで偶然ににすぎん。我らが追っていたのはまた別の存在だ。そちらは何もわかっていない」 とホワイト。

「別にまだ何かいると……」

「そうだ。まぁ、よい。お前もせっかく来たなら読んでいけ。中々面白い」

 ホワイトはローズ達に席を勧め、地下から持って帰ってきた紙綴じをローズの目の前に置いた。

「あなたはもう読んだ?」

「軽くはな」

 ローズは黙って古びた紙綴じを繰り始めた。所々で笑みを浮かべるが、横から覗き込むフレアにとってはまるで異国の言葉で混乱だけが流れ込んでくる。 どうにも気が散ってしまう。

「この娘には内容が理解できないようだわ。簡単に説明してあげて」ローズはホワイトに目をやった。そして、視線を紙つづりへと戻す。

「よかろう」とホワイト。

「すみません」

「それは先にも言ったように、あの施設で行われていた研究の記録だ」

「それを置いていったの?」

「それほど急な出来事があったのだろう。もとより、正式にまとめられた資料がどこか別の場所あるのかもしれん。帝都の書庫辺りにな。書かれているのは主に特殊な性能を持たせた鎧についてだ。攻防一体の鎧の開発に取り組んでいたようだ。お前も我らが使う反撃効果を持つ防壁魔法の存在を知っておるだろう」

「殴ると火花で火傷を負うとか」

「そうだ。それを鎧に組み込もうと考えたようだ」

「あの時代らしい」ローズが呟く。

「書かれているのはその試行錯誤の記録だ。選ばれた反撃属性は雷属性、強力な武器の多くが金属製であることからだろう」

「殴れば電撃が走る。かなり痛そうね」 フレアは自分の手をさする。

「うむ、そればかりかお前のような治癒力が高く、動きの速い相手であっても雷撃に伴う硬直で、それを容易に止めることが出来る。そんな鎧を実用化するため多くの試作品が作り出された」

「けど、実用化には至らなかった?」

「なぜそう思う?」

「そんな鎧聞いたこともないし、成功したなら絶対誰かが使っているはずよ」

「そんな考え方もできるか」ホワイトは笑い声を上げた。「確かにかなり苦心していたようだ。魔法生物の定着が悪い。構造がもろい。重すぎる。あちらを立てればこちらが立たぬの堂々巡りの繰り返し……」

「それで結局投げ出した?」

 フレアは自分の仮説を譲りたくはないようだ。

「そこまでは書いてはおらん、試作を続けておる最中で記録は途切れておるからな」

「成否はともかく他に拠点を移したのかもね。あそこじゃ続けられなくなって」 とローズ。 

 耳元で変な論争を始められては面倒なローズは折衷案を出した。

 ホワイトの言葉通り記録は中途半端な個所で途切れていた。鎧の製作を中止についての記述はない。続きを知りたければ正式な記録が必要だろう。ある場所は予想はつくが今はそこまで行く手立てがない。不満は残るがそれは機会を待つしかないだろう。ローズは明け方前に倉庫を後にした。



 フレアは塔へと戻り朝の片付けを済ませた後、昨日届けられたまま放置されていた新聞に目を通していた。読み進めていると、その中に二つ気になる記事を発見した。

 一つは雷撃による強盗殺人犯の記事だ。その強盗は旧市街の港の倉庫に鍵や閂などを魔法により破壊し侵入した。倉庫内の穀物類などの商品に被害はないが、金槌や釘抜き金属部材などに咥えて倉庫番が所持していた鉈などが消失している。それらは強盗犯が持ち去ったと考えられている。倉庫番は強力な雷撃を受け死亡している。似たような事件は一昨日だっただろうが工房区の付近で起きていた。そちらの被害者は皇宮騎士 で所持していた剣を奪われた。

 もう一件は怪談紛いの噂話だ。旧市街の港や隣接する工房区で古びた全身鎧の騎士が徘徊しているという目撃例が相次いでいるという。騎士は武器は所持していないが、何個のも光球をまとわりつかせ歩いているという。光球は終始火花を発していた。普段ならよくある噂話と捨て置いただろう。首無し騎士や血塗れの聖職者など奇怪な噂は定期的に浮かんでは消えていく。しかし、今回は別だ。昨夜の話を聞いた後ではどうにも引っかかる。

 ホワイトの倉庫に通話を繋ぎ、出てきたアイリーンにホワイトを呼んでもらった。

「何だ、珍しいこともあるものだな」とホワイト。

 フレアは目にした記事のあらましをホワイトに話して聞かせた。ホワイトもすぐさま関心を持ったようだ。

「気になる話だな。お前はその徘徊している鎧が昨日の地下室での研究に関係があると思ったのか」

「偶然?……考えすぎかしら」

「偶然という言葉は判断を曇らせることがある……確かめる必要があるかもしれんな」



 朝になり「彷徨う鎧」の出現情報が多数、特化隊へもたらされた。その出現場所と重なるように、付近の倉庫や工房から入り口の鍵、閂を始めとして、金槌や鋸、くぎ抜きなどの金属製の道具類が盗まれていた。届け出た被害者達によると盗まれたのは金属製品のみで人的被害はなさそうだ。その点では皆胸をなでおろした。

 ビンチとフィックスは相次ぐ報告の中で実際に件の鎧と遭遇した警備隊隊士がいると聞き及びそこに出向くことになった。

 ビンチとフィックスが訪ねた隊士二人は病室の寝台で起き上がり退屈そうに座っていた。本人たちはもう万全だと主張しているが二刻ほど昏倒していたため、念を入れての入院処置となっている。何もなければ明日朝には外に出ることが出来る。

「君たちが遭った鎧について聞かせて欲しい」軽い自己紹介の後、フィックスは二人に尋ねた。

「昨夜の巡回の時の事です」コナーズと名乗った隊士が話し始める。

「工房区の路地で白い光の球を見つけました。近づいてみると光球の主は年代物の全身鎧を纏った騎士でした。手ぶらで武器を所持せず、足を引き摺るように歩いていたので何かあったかと思い声を掛けてみました。声を掛けると、騎士は無言で振り返り、付き従っていた光球をこちらに放ちました。とっさにそれを迎え撃つため腰の武器に手をやったのですが、大きな衝撃を感じ気を失いました」

「俺も騎士の動きを目にして腰の武器に手をやったのですが、同じく強い衝撃を受けて気を失いました」こちらは相棒のノシア。

「気が付いた時には二人とも武器を奪われていました。残念ですがそれだけです」

「一連の事件の犯人は例の年代物の鎧か」ビンチはゴルゲット越しにフィックスに問いかけた。

「どうやらそのようだが、鎧はいつも手ぶらだ。何も持っていない。どうなってる」とフィックス。

「お付きの従者がいてそいつが荷物持ちを……ってのも変な話だな。一度戻って過去に類似の事例がなかったか問い合わせてみるか」


 ビンチが一度魔導騎士団詰所に戻ると連絡を入れた後、折り返しの連絡でその際工房へ出頭するようにと命令が届いた。ビンチはそれなら工房へ直行すると答えておいた。

 魔導士隊の工房では主任分析官のナナ・ケリーが二人の来訪を待っていた。痩身で小柄の中年女性、制服となっている白装束と同じ色の短い髪と乳白色の肌。色が付いているのは赤い紅を付けた唇くらいだ。

「出頭するようにと命令を受けましたが何の用です?」ビンチはケリーに問いかけた。

「何のようだとは、ご挨拶ね。あなた達が持ち込んだ件についてよ」

「俺たちが……」とビンチ。「持ち込んだ」フィックスが続ける。

「あなた達が見つけた地下施設について」

「あぁ……」

「いらっしゃい、詳細がわかったわ」 ケリーは手招きをした。

 ケリーの執務室に入ると彼女の机の上には革の表紙で綴じられた書類が置かれていた。表題に被さるように赤字で厳めしい書体で「閲覧制限」「持ち出し、複製禁止」などの文言が並んでいる。

「これはそちらに渡すことが出来なくてね。来てもらったの」ケリーは紙綴じを指差した。

「それはどうも」とビンチ。フィックスも頭を下げる。

「ありがとうございます」

 表題は赤い禁則を示す文字により読みにくくなっている。

「不滅の……鎧。主任も読みましたか?」

「えぇ、一通り目を通しておいたわ。これがあの地下施設で行われていた研究の記録ね」

 ビンチが紙綴じを取り上げようとしたが、ケリーに止められた。彼らは「閲覧制限」のため目を通すことは出来ない。これは嫌がらせではなく魔法の作用だ。その代わり二人はケリーから当時の研究のあらましを聞くことは出来た。

「着想は悪くないと思うけど、うまくはいかなかったか」 これがフィックスから最初に出た言葉だ。

「試行錯誤の末に作り出されのは制御の付かない失敗作、それを封じるためにあの場所は封鎖された」 ビンチはため息をつく。

「すみません。もし、その鎧を鋼や鉄の剣で斬りつけるとどうなりますか?」

 フィックスの質問にケリーは一瞬怪訝そうに顔しかめた。 さっきまでの講義を聞いていなかったのかと言わんばかりだ。

「それは一瞬で溶けてなくなるでしょうね。その際に強い雷撃を放出する。金属製の武器は鎧の表面に定着させている魔法生物の糧となるの。そいつは武器を瞬時に分解し、代わりに強力な雷撃を放出する。まず生きていられないでしょね」

「なるほど、それなら納得がいく」 ビンチは呟き、フィックスと顔を見合わせた。
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