第2話 なな転び

文字数 833文字

 義弘は久しぶりの職場で人間としての覚悟を取り戻していったようである。
戦後、初めての健康的な娯楽として、多くの若者に愛されたボーリング。
労基法も何も、あったものではない。長時間の労働に耐えていた。
 一年経過した頃
「いくら注意しても室内履き(作業靴)の踵を踏むので辞めて貰いたい」
クビになった。会社は後継者は育っていて、高い給料の技術者は不要になった
のだ。靴の踵を踏んだと言うことは納得したが、クビになるほどのことか?
経営者としては、夫は使用しにくかっただろうと察する。命令されることを
良しとしない従業員を使うのも、嫌なものだったとは思う。しかし、理由が
妻の菊は納得できない。調べたら、頻繁に金庫のお金が少し減る(盗られる
らしい)と言うとを把握した。貧乏人だから犯人にされたのだ。許せない。
もっと酷い、貧に喘いだこともあったが、人様のものを盗むなど神かけてない。
 この世に神はおわす。義弘が辞めてからも、金庫のお金は盗まれたという。 
 「ざまあーみろ」と思う。「もういいから、ほっといてくれ」義弘の言葉
も聞かず、菊はおっとり刀で会社へ乗り込んだ。
「普通の人間が、普通の人間を裁けるか?貧乏人だからと人を馬鹿にすな。
疑われた人権はどうしてくれる。」
「どろぼうとは言っとらん。心ならずもこう言う結果になって済まない」社長は、
しどろもどろである。
「このこと生涯忘れられてはあまりに悲しい。」溜まりに溜まった
ストレスが一気に発散した一瞬。貧はしたくないもの、心まで貧しくなる。
 数年経って梅見の席に社長と同席した。何ごともなかったように男二人は
時候の挨拶を交わしていた。私は無言のままだった。
 十年も経ずしてボーリング産業は横ばいになり下降した。
 くだんの社長の経営する会社も諸々の事情で閉鎖した。義弘の設立した
事業は、大海の波に揉まれながら、健在である。三代目を長男が継いでいる。
 時は流れる。水は流れてこそ水である。澱ませてはいけない。
 程よいがよい。と思うことである。
 
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