第2話 スポット・サマー・スコール

文字数 915文字

 その男、月天はそのとき、まるでスポットライトを浴びているみたいだった。
 他校の生徒を10人ほどぶん殴ってのして、そいつらは全員、アスファルトに倒れてびくともしない。
 そして満身創痍ながら勝利した月天は、ふらふらしながら、その場でひとりだけ立って……いや、立ち尽くしていた。
 学生服も身体もぼろぼろで、顔だって青あざだらけだ。
 そこに、にわか雨が降ってくる。
 水滴を浴びて失いかけた気を取り戻して、月天は空を見上げた。
 強い水滴がぼたぼたと大きな音を立てて降って、それから土砂降りになる。
 だが、それを観ているおれのところには、雨の一滴さえ、降っていない。
 月天にだけ降る雨だった。
 空を見上げるその目をほそめて、月天は呟く。
「私雨だ……な」
 息を飲むおれ。
 あまりに絵になっているので、おれは月天を見ながら、動けないでいる。
「この雨が夏の飢えを満たす。青島……おまえは、飢えているか?」
 おれは上手く応えられない。
 本当はこの喧嘩は、おれが他校生に突っかかられて始まった喧嘩だった。
 だが、約束の場所へ行ってみると、月天が先に来ていて、10人ほどの人数を打ちのめしていた。
「真夏の寿命はもうちょっとだが」
 月天は言う。
「生きている実感が湧いている今のおれは、寿命が伸びていると錯覚するよ。こんな生活、いつまでも続けられるわけねーのにな」

 綺麗な風景だった。
 これが〈真夏の私雨〉の魅せるマジックか。
 いや、月天の魅力が私雨で引き立っているのか。

「帰ろう、月天」
「あ、そうだな」

 そこまで言い終えると、月天もアスファルトに仰向けに倒れた。
 そして、月天は大きく嗤った。

 おれは月天に近づく。
 不思議なことに、雨は止んでしまう。
 タオルを投げて、月天の顔にかけてやった。
 顔からタオルを避けることもなく、月天は動かなくなる。
 それから、いびきが聞こえてくる。
 月天が眠ったのだ。

「お疲れさま、おれのヒーロー」
 おれは言った。
 どうせ誰も聞いていないだろうし、少しくらい、こんな言葉をかけてやってもいいだろ?
 アスファルトから蒸発した雨の水蒸気が立ち上る。
 そのスチームは、おれたちの夏を、これでもかというくらい、リアルなものにした。


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登場人物紹介

山田:主人公。高校二年生。冴えない奴。

萌木:部長。高校三年生。厳しいのかあたまがかたいだけなのか。

佐々山:文芸部の紅一点。腐っても女子。高校二年生。

青島:不良少年ズその1。高校一年生。〈嗤うバトルクリティーク〉のひとり。

月天:不良少年ズその2。高校一年生。釘バット男。〈嗤うバトルクリティーク〉の片割れ。

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