第21話 執念3

文字数 6,491文字


 壁に出来た大きなクレータ―の下に倒れるブルーは体中から血を流し、未だ壊れていない兜の中から血が漏れている。同時に黄色の淡い光がブルーの傷口から微かに溢れている。それが傷を修復している魔法のサインであることは理解できるが焦ることはない。
 ほとんど力を使ってしまったサラの隣に、踏ん張っていた右足を引きずりながらミヤが近寄った。
「かったな」
 ミヤが力なく笑いながら右手の拳を伸ばす。
「ええ」
 同様に握りこぶしをぶつけた二人は小さく笑った。お互いにボロボロで全力を尽くした勝利だった。そして、赤騎士にとっても初めての勝利だった。
 ただお互いにブルーにとどめを刺すだけの魔力が残っていない。二人はただブルーを力なく見つめ、とどめの技を発動するための魔力がたまるのを待った。
 ミヤは体の修復には魔力を使わず、サラに魔力を渡し続ける。
そして、充分な魔力がたまった。
まだブルーの傷はいえず鎧の修復も出来てはいない。
ボロボロな体でゆっくりと歩みよるサラは最後の言葉を投げかけた。
「貴女は強かった。でも私達には心を共にした仲間がいる。私達は同じ志を引き継いできた。決して潰えない灯が、先生が残してくれた炎が皆の心に宿っているからこそ、私達はあなたに勝てた。それに対してあなたは一人」

 この世に召喚された眷属はすぐに氷の魔女とともに背中を合わせて戦った。
 それが眷属に与えられた存在意義であり、使命だったからだ。
 氷の魔女の味方をする人類はほとんどいない。皆が氷の魔女に敵対し、眷属と魔女を襲う。幸い、力が強かった氷の魔女が負ける事はなかったが、いつも多数に無勢で、責められる側に立っていた。
 氷の魔女は自分の身を守るように、大きな城を作りその中に引き籠った。氷の魔女に付きしたがう数少ない人々を守るため、氷の魔女は更に城壁で大きく土地を囲った。
 次第に人々が増えていき平穏な城壁の中で、違う理念を抱く者たちが現れはじめた。
 氷の魔女は反乱を恐れ、町に監視機を置き人々をコントロールし始めた。それを傍でブルーは常に見ていた。
 いつだって氷の魔女を進行するのは少数で氷の魔女の心は氷のように冷たく寂しかった。
 ブルーに対しいつも謝る氷の魔女は決まって最後に「貴女だけは私を見捨てないで」と懇願してきていた。
 魔女であるにもかかわらず、眷属の騎士にへりくだり、心のよりどころとしている姿はあまりにも弱々しく、ブルーの心をひどく戸惑わせた。
 しかし、氷の魔女は自分を責める事はあっても一度も人を責めたことがなかった。そのことに気が付いたブルーは氷の魔女の中にある優しさを最後まで守ることを誓った。
 氷の魔女のよりどころとなれる力を手に入れるためにブルーは努力を惜しまなかった。眷属としてではなく、一人の人間として例え何があったとしても女王陛下に付き従う事を決めたブルーは氷の様に固い信念を手に入れた。それは、一切の迷いもなく純氷のように美しかった。
 ブルーはいつも女王陛下の心に寄り添っていた。だからこそ、彼女の弱さ、そして、強さを知っている。
 氷の魔女は自分の身を守るようにこの国を作った。それは魔力に身を守る特性を付与し、城の守りはより強固なものとなった。対する炎の魔女は束縛を脱し、より自由を求め、それは攻める特性を付与させた。
 相反する魔力はそれぞれこの世界にある二つの特性を吞み込み吸収していった。
 そのすべてを理解しているブルーはここで死んではいけない。そして、もう一度自分の特性を理解し、力に変える。
『ごめんなさい。いつもあなたに頼ってしまって、貴女の陰に隠れてしまって』女王陛下の言葉の役割を遂行するためにも私は倒れてはいけない。身をていして最後まで守らなければいけない。女王陛下のただ一人の盾として。
 ――私だけが女王陛下を守ることができるのだから。そして、それこそが私の生きる意味なのだから。

 突如ブルーの体から吹き荒れる冷たい風が、サラの剣に宿っていた炎をかき消した。
「私はただ一人の女王陛下の盾。決して倒れるわけにはいかない」
 立ち上がるブルーの体の傷は一瞬で凍り付き流血を止める。溢れんばかりの冷気が一瞬にして、ブルーの体に鎧を復活させた。
「完全復活ってわけかよ」
「いいえ、それだけじゃないわ。あれが本来の戦い方みたいね」
 冷や汗をかくサラがミヤの言葉を否定する。二人は同様に引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
 ブルーが作り出す透明の魔法障壁の淵から霜が、大きな盾の形をあらわにする。左手には常に展開される魔法障壁の盾、右手には片手で握られる蒼の剣、それがブルーの青騎士としての本来の姿だと宣言していた。
 この絶望的な状況にミヤが悪態をつく。
「だから今まで片手だったのかよ」



 意識が戻ったアデリーナは痛む体を抑えながらなんとか立ち上がった。
 その場に広がる空間は見覚えがないが最下邸の中にいることは分かった。それは正面にある異様な魔力の巨大装置。
 よく見ればこれこそ、アデリーナが探し求めていた製造機だった。
 こんな奇跡があっていいのか。思い出した様に懐を探ると短剣がちゃんとしまってあった。あの時、ブル―の攻撃は確かに短剣に向けられていた。それを身を通して守ったかいがあったのだ。
 アデリーナは頭上を見上げる。落盤した瓦礫の山が穴をふさいでいた。だいぶ高いところから落下し気絶していたようだ。光の刺さない真っ暗な空間を巨大な魔法転換装置が紫色に不気味に照らしている。
 アデリーナは魔法装置を前にもう一度右手に握っている短剣を見つめる。
 ——これを刺せば終わる。
 ボロボロな体でゆっくりと歩み寄り、その巨大装置に触れようと手を伸ばすと異様な魔力に阻まれ弾き飛ばされる。
 壁に背中を勢いよく打ち付けられ、その後地面に落ちる。ボロボロな体ではもう受け身を取る体力も残されてはいなかった。しかし、止まるわけにはいかない。
 その信念だけがアデリーナを動かした。体中から滴る血はアデリーナの希望を吸い取るように地面に落ちて行く。
 持ち出したナイフを乱暴に振りかざすが、魔法障壁が一切の侵入を許さない。力を込め無理やり刺しこもうとすると、その衝撃がリバウンドし跳ね返ってくる。
 はじき飛ばされたアデリーナは壁にたたき付けられ地面に横たわる。
 朦朧とした意識の中、手元から離れ地面に転がるナイフ。
 アデリーナはゆっくりゆっくりと地面を這いナイフに手を伸ばす。もう少しで手が届く。
 しかしその手がナイフに届くことは無かった。
 ナイフを掴もうとしたその時、知らない誰かに拾われた。
 アデリーナがゆっくりと顔を上げると、男は何かを言いながら片手に持ったナイフとアデリーナの顔を交互に見つめる。
 どこか見たことあるような聞いたことあるような声に、アデリーナは無意識に小さな声でその名前を呼んでいた。
「……イヴァン」
 もう限界を迎えていたアデリーナはぼやける視界とこだまする音の中、静かに意識を失った。
 アデリーナが目を覚ますとそこはさっきと同じ空間だった。壁に寄りかかり体には黒いコートが掛けられ手元にあったナイフがどこかに消えていた。
 するとすぐ隣で男があのナイフをいじりながら話しかけてくる。
「おお、目が覚めたか。久しぶりだな」
 その顔を、その声を、アデリーナは知っている。顔はだいぶ老けて変わってしまったけど、アデリーナの心と体に染みついた思い出が彼の名前を呼んだ。
「イヴァン‼」
 アデリーナは涙声で痛む体を動かし彼に抱きついた。
「ああ」
 イヴァンは優しくアデリーナを抱きしめてくれる。しかし、これはアデリーナの中に流れるヴィットリアの思い出が反応しているだけだ。そう自分に言い聞かせる。
 生きていてくれた、また会えてうれし。これは本当の自分の気持ちなのだろうか、そう思っていいのだろうか。まるで、自分が人の恋心を奪っているようなそんな気がしてならなかった。
 イヴァンがアデリーナの両肩に手を当て引き離すと、真剣な趣で話始めた。
「アデリーナ、状況を教えてくれ。私は『黒煙の蛇』の長だった。任務遂行中に、アリーチェさんと会って、いろいろあったんだが長の座を降りて今ここに来た。今の長はリノが務めてくれている、きっと立派にやってくれている。で、アリーチェさんから場所は教えて貰った俺がここに来た。助けを必要としてるだろうからって。ついでに俺はここに詳しいから」
 ――リノは生きてる。でも、私は『黒煙の蛇』がこの世界にいなくていいと思っていた。死んでもいい、ただの駒だと。
 そんな自分を許すことは出来ない。全てを正直に言わなければいけない。
 アデリーナはイヴァンに事の真実を語った。
 氷の魔女の騎士として未来で戦っていたこと、記憶を消される前のヴィットリアであること、イヴァンを好きなこと、そして、今回の計画の事全てを話した。
「ごめんなさい、イヴァン。私はあなた方を囮として使ってしまった」
「いいんだ。それに私はそんなたいそうな男じゃない。この短剣は私が代わりに刺す。魔力を持っていない私なら、その分この魔法障壁の抵抗力は薄くなるだろう」
 短剣を握るイヴァンを何かを悟ったように言った。しかし、あくまでも予想、憶測であるイヴァンの言葉をアデリーナは否定する。
「だからと言って、ただの人間の体では限界があります。その剣には炎の魔力が込められているんですから」
 まるでこれが宿命かの様にアデリーナを優しく見つめる。
「……ああ、そうだろうな。だが止めないでくれ、最後に、死ぬ前に愛する妻に顔向け出来るような生きざまにしたいんだ。……ああ、もし、ジュリオが生きてるなら伝えといてくれないか。ジュリオ、お前は私の親友だ。お前の言う通りだ、尊敬している。あの時俺をかばう様に戦ってくれてたろ、ありがとう」
 イヴァンは短剣を持ち大きな製造機の前に立つ。アデリーナはいつの間にか大きくなったその背中に声をかけるのをためらってしまう。引き留めたい、しかしそれはアデリーナ個人の願い。借り物かもしれない想い。
 アデリーナは静かにその行く末を見つめた。
「アデリーナ。ヴィットリアのこと、そしてリノのこと、私のことを見ていてくれてありがとう。少なくとも私たちの家族はあなたに救われた。その恩を最後に返させてくれ」
 イヴァンが短剣を持って魔法障壁に飛び込んだ。体は難なくすり抜けるが、刀が拒絶反応を引き起こす。その刺激がイヴァンの両腕を刺激してから血が噴き出した。
 イヴァンの絶叫が響くが、決して刀を離す事はない。
 それがイヴァンにとっての贖罪だった。
 声が枯れるほど叫んだイヴァンはだんだんと意識が遠のいていく感覚に襲われる。
 力を入れているのに、力を入れている感覚がしない。激痛が体を襲っているのになぜか痛みを感じない。
 夢の中にいるように体が思うように動かない。
 無意識に逃げている?覚悟を決め切れていない?
 そんな疑問が自分に降り注ぐ。
 努力を嫌った人生。惰性だけで生きて来た。実際に『黒煙の蛇』を立ち上げたヴィットリアを失った悲しみから目を背ける為。只の贖罪。自己満だけで行動しているに過ぎない。
 『暁の炎』のように信念や覚悟があるわけではない。
 努力が大っ嫌いな俺はこの瞬間も逃げようと考えていた。無理だった。駄目だった。所詮これだけだった。何の意味もない人生だった。
 その思いが胸に詰まり、体にかける力がより一層遠のいていく気がした。
 ――ああ、無理だった。結局ここまでか。
 もう視界か白く染まり、何が起きているのかも分からない。
 そんな中急に穏やかな空間がイヴァンの中に広がった。
 なんだここは。どこだ?死んだのか?
 永遠に続く白い空間を見渡すイヴァンは一人の聞き覚えのある声に目線を奪われる。
「――イヴァン」
 優しくそう語りかけるのはヴィットリアだった。
「どうしてここに!……いや、死んだのか」
「いいえ、違うわ。まだ死んでないの。貴女はアデリーナを助けるために今必死に戦ってる」
「ああ、そうか。じゃあここは、走馬灯みたいなものか」
「ええ、そうともいうわね。私があなたの体の中に残した意識の残影よ。私の微かな魔力が魔動機の膨大の魔力と合わさってこの空間を作り出したのよ」
「そうだったのか……ヴィットリアすまなかった」
 イヴァンはためらいもなく涙を流しながら深々と謝罪する。ずっと心残りだった。イヴァンの罪だ。
「まだそのことを……いいのよ。ずっと見ていたんだから『黒煙の蛇』を結成した時からずっと」
 優しく微笑むヴィットリアの頬に光る二筋の光をイヴァンは嗚咽を溢しながら見つめていた。
「いっぱい泣いていいの。何があってもつらい思いをしたことは変わらない。だから、いいのよ」
「私は許されていいわけがない!私は最低な人間だ!」
 情けないと分かっていながらも泣きながら喚き散らすイヴァンをヴィットリアが優しく抱きしめる。
「許しをえていいのよ。頑張っていいの。貴方は頑張っていいの。いつも努力なんてできないと自分に言い聞かせていたわよね。私と出会ったばかりの時も『黒煙の蛇』を結成した時も。そう言い聞かせることで、いつも自分を動かしていた。贖罪のために、自分は許されるべき人間ではないと言い聞かせて。確かにそれは、原動力になるかもしれない。限界を決めないことでまだできるって希望を持ち続けることもできるかもしれない。でもそれはつらいことよ。ずっと我慢し続けないといけない。すぐそばで見ていたからわかるわ。それでもあなたは認められないでしょ?だから私はあなたを認めてる」
「ヴィットリア!」
 震える声で妻の名前を呼ぶイヴァンをヴィットリアは優しく頭を撫で続け、言葉を続けた。
「だって貴方を愛している妻だもの。さぁ、そろそろ時間よ、行ってらっしゃいイヴァン」
 イヴァンは無理やりに涙をふくと歯を見せ強引な笑顔をヴィットリアに向ける。
「ああ、行ってくる!」
 ヴィットリアに背を向けると同時にその背中に最後の言葉が届く。
「最後ぐらい頑張ったって自分を認めていいのよ。だから、私もあの時の言葉を返すわ……頑張れ、イヴァン!」
 ヴィットリアの声にアデリーナの声が重なりイヴァンの意識が現実へと引き戻される。

「イヴァン‼」
 咄嗟に出たアデリーナの叫び声、無意識にイヴァンに向かって右手が伸びていた。今すぐ助けたい、引き留めてはいけない。矛盾した二つの感情がアデリーナを支配する。
 今のアデリーナには起き上がりイヴァンを止める力など残っていない。だから選択肢などないことは分かっているが、そう簡単に気持ちが切り帰れる訳ではなかった。状況を受け入れたくなかった。
 イヴァンの前で見せてしまう弱さ、強がれない気持ちがより一層イヴァンを愛しているのだと実感させられる。
 アデリーナが自分の伸ばす右手を必死に左手で止める姿を知ってか知らないが、イヴァンの力が一気に膨れ上がる。
 イヴァンの大きなその背中の隣にヴィットリア先生が一瞬見えたような気がした。
 動揺しているアデリーナにイヴァンの声が届いた。
「――アデリーナ!こんな私を愛してくれてありがとう。私もお前を愛している、後は頼む」
 イヴァンは最後の力を振り絞り短剣を機会に突き刺した。赤い魔力が血管を伝うように電帯に伸びていき、魔力を失った短剣は消滅する。それと同時に限界を迎えたイヴァンの体が内側から破裂した。
 イヴァンの血がアデリーナの体を赤く染める。アデリーナは決壊したようにとめどなくあふれる涙を流しながら声を荒げる。
 ――なぜあなたは最後にそんな言葉を言ったのですか!それは私ではなくヴィットリアに言うべきではないですか!
 アデリーナと唯一、似た境遇を経験してきたイヴァンの言葉が心を揺さぶり、感情を蘇らせる。
 ヴィットリアを失ってから一度も涙を流していなかったアデリーナは三十年分な悲しみをやっと吐き出すことができた。
 最下邸の奥深く、アデリーナはただ一人ひたすらに泣き叫んだ。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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