第6章「竜宮」(2)

文字数 4,740文字

 人気のない荒地まで来ると、クーロンは立ち止まって、ミナトたちの方を振り返った。
「俺はお前の企みを知ってるんだ。竜王に取り入って、おまけに姫までものにしようってんだろ。そうはさせないぜ。だから、竜の珠を奪った。」
 クーロンは、シーロンを激しい目つきで睨み付けている。
(兄貴…俺はそんなつもりはない。どうしても気に入らないなら、俺はここを出て、二度と戻らない。だけど、せめて竜の珠は返してもらいたい。)
「駄目だね。お前は危険人物だ。竜人族の言い伝えにある、災いをもたらす白銀の竜。それがお前なんだ。」
「んなこと言って、お前こそ危険人物なんじゃねーのか!?」
 ミナトが横から口を出した。
「何も知らないくせに、口出しするな。…じゃあ、交換条件といこうか。シーロン。お前と俺が勝負して、お前が勝ったら、竜の珠は返してやる。」
(兄貴…俺は兄貴と争いたくない。)
「へっ、いつもいつもそうだ。お前は俺と決着を付けたがらない。俺はお前をぶちのめしたくて仕方ないのにな。」
(俺は兄貴より強いって分かってるから、争いたくないんだ。)
「何だと!?」
(…昔はこうじゃなかったよね。俺が竜戦士のリーダーになってから、兄貴は変わってしまった。何かにつけて俺に当たり散らすようになって…。でも、竜王様の命を狙ってるなんて言うのは許せない。兄貴がしていることは、竜王様や、姫様への裏切りと同じだ。)
「じゃあ、止めてみろ!俺を止めるには、俺を倒すしかないぜ!」
(兄貴…。)
 クーロンは自分の竜の珠をかざし、竜の姿に変身した。全身が血のように赤い竜だった。背中に生えている翼も赤い。
(シーロン!死ね!)
 クーロンは燃え盛る炎を口から吐き出しながら、飛び掛かってきた。
 しかしシーロンが翼を羽ばたかせると強風が起こり、クーロンは風に飛ばされて岩に体を叩きつけられた。
「ギャアアア!!」
 クーロンは悲鳴を上げた。
(くそっ!こんなはずは…!)
 圧倒的な力の差だった。
(おのれ…シーロン…。)
 憎悪に満ちた目で、クーロンはシーロンを睨んだ。クーロンがその手に持っている竜の珠が、赤黒く、濁った光を帯びていた。
「あの光…。」
 エスリンは顔をしかめた。
 クーロンは倒れたまま、シーロンに向かって炎を吐いた。炎はシーロンの体を取り巻いたが、シーロンが回転すると炎は一瞬にして消えた。
(兄貴。もうこれで分かっただろう。)
(うるさい!どっちかが死ぬまでやるんだ!殺し合うんだ!)
 血走った眼でクーロンは叫び、炎を吐き出しながらシーロンに襲い掛かってきた。シーロンは軽い身のこなしで、クーロンの攻撃を全てかわした。
 クーロンは滅茶苦茶な方向に激しく動き回り、何度も攻撃を仕掛けたが、シーロンには一発も当たらなかった。激しく動いたせいで、クーロンの手から竜の珠が下へ落ちた。エスリンはそれを、すばやく拾った。
 それでもクーロンは、我を失い暴れ続けていた。
 赤黒く濁った竜の珠を手にしたエスリンは、目を閉じて祈り始めた。する竜の珠は白い光に包まれ、濁った色は徐々に薄れ、鮮やかな赤色に光り輝いた。
「うあああああ!!」
 クーロンは絶叫し、その場に倒れて意識を失った。
「お前…クーロンの竜の珠に何をしたんだ?」
 ミナトがエスリンに尋ねた。
「憎しみが宿っていたから…浄化したのよ。」
 エスリンは、赤い竜の珠をシーロンに渡した。
(これで、兄貴には約束を守ってもらう。)
 シーロンの声は、どこか悲しげだった。
「シーロン様!」
 そこへ、姫が現れた。
「ここにいらしたのね…。」
(姫…何の用です。)
「あの…これを…。」
 姫は、丸い銀の珠をシーロンに差し出した。
(これは…俺の竜の珠…!)
 シーロンは驚いたように言った。
(姫が何故これを…。)
「ごめんなさい…。私がずっと持ってたんです。クーロン様に言われて…。この珠をシーロン様に渡したら、シーロン様もお父様も死んでしまうって聞いて…。」
 姫は泣きながら言った。
「そーゆーことかよ!クーロンの奴、姫まで脅してたんだな!」
 ミナトは怒って拳を握り締めた。
「でももう…クーロン様の様子を見て耐えられなくなって…あれでは、いつシーロン様も、お父様も殺されてもおかしくない…そう思って…。もっと早く私が気付いていれば…。」
(姫。もう大丈夫です。竜王様が死ぬことはありません。俺も…。兄貴にそんな力はありません。)
「本当に…?」
 姫は顔を上げ、倒れているクーロンを見た。
(はい。兄弟ゲンカです。見ての通り、俺が勝ちました。)
 シーロンは竜の顔のまま笑った。
「早く元の姿に戻って見せて下さい。」
(ああ…そうでしたね。)
 シーロンは銀色の珠を両手に持って、目を閉じた。
 竜の珠が輝き、シーロンの全身が白く光り輝いた。
 光が消えると、そこには銀髪の美しい青年が立っていた。
 目は赤く、額の上部から出ている触角も赤い。短めの銀色の髪。背が高く、適度な筋肉のついた引き締まった体に、竜の鱗で出来た鎧を着ていた。
「なんだか変な気分だな。久々の人型は…。」
「シーロン様…嬉しいです…。」
 姫は、また涙を零した。
「なーんか想像と違ったな。」
 ミナトは不満そうにシーロンを見上げた。
「もっとゴツイ奴かと…。」
「それより、兄貴を…。」
 シーロンは、クーロンに駆け寄った。
 クーロンは意識を取り戻していた。
「…良かったじゃねえか…元に戻れてよ。満足か?俺を倒していい気分だろ。さあ、早く殺せ。」
 弱りきった目をクーロンは閉じた。
「俺が喜んでるとでも?…悲しいよ。まだそんなふうに思ってるなんて…。」
 シーロンは、クーロンの手に、クーロンの赤い竜の珠を握らせた。
「兄貴。俺はもうここへは戻らない。だから、俺のことなんか忘れていい。」
 シーロンはそれだけ言って、ミナトたちの所へ引き返した。
「クーロンはどうだったんだ?」
 ミナトたちには、今のシーロンたちのやりとりは聞こえていなかった。
「…行こう。」
 シーロンは歩き出した。

「ミナト、エスリン、ありがとう。君たちのおかげで元に戻れたよ。そして姫も…ありがとう。」
 荒地を出てから、シーロンは礼を言った。
「結局俺は何もしてないんだけどな。けしかけただけで。」
「けしかけてくれなかったら、俺はまだあの洞窟に引きこもってたよ。」
「で?これからどーすんの?」
「君たちは俺が地上に送ってあげよう。その前に…ちょっと、待っててくれないかな。」
 そう言って、シーロンは姫を連れてどこかへ消えた。

 木陰の下、シーロンと姫が向かい合っていた。
「まさか…シーロン様。どこかへ行ってしまうのですか?」
「ちょっとした旅行です。すぐに帰ってきますから。」
「本当に?」
「本当です。もし帰って来なかったら、俺を忘れて下さい。」
「そんな…。酷い…。」
 泣きそうになる姫に、シーロンは慌てて言った。
「そんなことは絶対にないと思いますが。」
「約束して下さい。必ず帰って来ると。」
「はい。誓います。…でももう、本当はここに戻って来てはいけないんです。だから…俺が帰ったときは、こっそり姫にだけ会いに来ます。」
 シーロンは優しく微笑んだ。
「私はシーロン様について行きます。でも今は駄目なんでしょう?待ちますわ。何年でも。」
 姫は微笑んだ。

「あーもう!何やってんだか!」
 ミナトはイライラしながら、シーロンを待っていた。
「でもあいつがいなきゃここから出られねーし。」
「もしかしたら、姫様にお別れを言ってるのかも…。」
「けっ!別にすぐ戻ってくんだし、そんなことしなくっても…って、まさかあいつも俺たちについてくるとか!?」
「そうなれば、力強い味方になりますね。」
「おいおい、エスリン。まさかあいつに惚れたんじゃないだろーな!いくら男前だからって…。」
「私は、シーロンさんが竜戦士だから言ったの。竜王様も協力してくれると言っていたし。…そんなことで仲間にはならないわ。私だってアマト様の命令がなければ…。」
「何またブツブツ言ってんだ。…あ!戻ってきた!」
 シーロンが姫を連れて戻って来た。
「やあ、お待たせ。あと竜王様にも一応、挨拶してくるから…君たち、どこかその辺でヒマ潰ししててくれないか?」
「何なんだよ!さっきから!さっきだって竜王に会ったじゃねーか。本当に俺たちについて来る気なのかよ!?」
「あれ?よく分かったね。そう。竜戦士として、君たちの力になりたいんだ。」
「…ち!」
「良かったわね、ミナト様。」
 エスリンはにこにこしていたが、ミナトはどこか不満げに顔をそらした。

 再び、竜王の間。
「そうか!お前が行ってくれるか。地上は今、どんどん酷い状況になっていると聞く。ミナト殿たちの助けとなって頑張ってくれ。」
 竜王の言葉に対し、シーロンは強く頷いた。
「はい!」
「お前は、竜人族の言い伝えにある白銀の竜だが、その言い伝えでは、災いをもたらすか、或いは幸福をもたらすかのどちらかだということだ。私は、お前は幸福をもたらす者だと思っている。いや、そのような言い伝えがなくとも、お前の目を見ればその心が分かる。白銀の竜は非常に珍しい竜だからな、そのような噂が言い伝えられたのだろう。お前がミナト殿たちと同行すれば、必ずや地上にも幸福がもたらされるであろう。」
 竜王は微笑んだ。
「シーロン様。私もここから、毎日シーロン様たちの無事をお祈りしておりますわ。あの…これは、私が作ったお守りです…。」
 姫は頬を染めながら、青くて丸い宝石のついたペンダントをシーロンに差し出した。
「これは綺麗ですね…ありがとうございます。」
 シーロンは早速それを身に付けた。
「では、行って参ります!」

「や~、お待たせ…。」
 シーロンが、ミナトたちに向かって手を振りながら現れた。
「やっと来たか…。」
 ミナトはごろごろと横になっていた。その横に、エスリンが座っていた。
「竜王と姫に、別れの挨拶をしてきたんだろ。じゃあ、さっさと行こうぜ。」
「ああ…。」
 シーロンは後ろをちらりと振り返った。
「あれ?そのペンダントは?」
「姫からもらったんだ…お守りだ。姫が作ってくれた…。」
「やるね~!あの泣き虫姫様、シーロンにベタ惚れって感じだったし。」
 ミナトはシーロンの腕を肘で小突いた。
「それじゃ行こうか…。」
 ミナトたちが竜宮の入り口まで来ると、そこに、人型のクーロンが立っていた。
「本当に出て行くんだな。」
「ああ。兄貴、元気でな。」
 シーロンは微笑んで、そのまま立ち去ろうとした。
「シーロン…俺は…お前に嫉妬してたんだ…。この心が醜いってことは分かってた。それを竜王様も見抜いていたから…俺は竜戦士としても認められなかった…。だからお前が憎くて…。その上、慕ってた姫の心もお前が捉えた。何もかも奪われた気分だった。お前は何一つ悪くないのに…。俺の醜い心が俺たちを引き裂いたんだ…。」
 シーロンも、ミナトたちも、黙ってクーロンを見つめていた。
「今更…元には戻れないけど…。俺はこの醜い心を克服して、いつか竜戦士になって…お前のように皆に認められるような奴になるよ…。」
「兄貴…。」
「…俺はこんなこと、もう二度と言わないからな!もう、お前と会うこともないだろうしな!」
 クーロンはその場から一目散に去って行った。
「何だ。分かってんじゃねーか。やっと本音を言ったな。あいつ。」
 ミナトはクーロンの遠ざかる後ろ姿を見つめながら笑った。
 シーロンは振り向かなかった。ただ目を擦っていた。
「…地上に戻ろう。」
 シーロンは竜の珠をかざして、竜に変身した。ミナトたちはその背中に乗り、しっかりとつかまった。
「準備はいいね?」
 シーロンは飛び上がり、竜宮を覆う青い膜を猛スピードで突き抜けていった。
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