ルーツ〈原戸籍〉

文字数 8,035文字


 父が死んだ。診断書には慢性腎臓病と書かれていた。元々は糖尿病。酒好きだった。誰に言われてもやめなかった。認知症が進んでからは少しの酒でご機嫌になり、調子っぱずれの軍歌を大声で歌いまくった。ご近所には微笑ましいエピソードだったが、家の中には笑えない話が飛散していた。家族が疲れ果てる、よくある話。まあ、今となっては仏さまのご乱行をどうこう言っても仕方がない。いずれは我が身に起こることかもしれないのだ。
 長く民生委員を務めていたからか、葬式には大勢の人が来てくれた。お父さんには本当にお世話になった、と何人もの見知らぬ人から声をかけられた。声を詰まらせて涙をこぼす人もいた。肉体の死後も魂は残るというのが本当なら、自分の葬式の様子を見て父もさぞ喜んでいただろう。葬儀屋の支払いを終え、香典だけ送ってきた遠い親戚に返礼を送り、年金と保険の手続きを済ませて、一段落ついた。
 残るは遺品の整理と相続。テレビドラマなどでは形見分けや遺産相続をめぐる泥沼の争いを目にするが、幸か不幸か我が家にその憂いはなかった。形見分けと銘打つに値するような遺品は皆無だったし、実のきょうだいである叔父と伯母はとうに他界していた。異母きょうだいの人たち――父は口にしなかったが、伯母から聞いて、いることだけは知っていた――にはそもそも知らせようがなかったし、葬式で名乗り出てくることもなかった。相続もシンプルだ。子どもは私ひとりだけだったから、母と半分に分けるだけで済む。
 調べてわかったことなのだが、額の多寡に関係なく、銀行口座の解約や不動産の名義変更には、原戸籍――正式には改製原戸籍(かいせいげんこせき)――という出生を明かすものが必要で、父が生まれた土地の役所で手に入れなければならなかった。

 十一月最後の月曜日。朝、晴れた空を見て、今日が遺品処分と原戸籍入手の日と決めた。これ以上ずるずると先延ばしにしていると冬になってしまう。自分の性格からして、冬に動けるはずがない。かならず春を待ち、春は夏、夏は秋を呼ぶにきまっている。動くなら今日だ。
 会社には急な用事ができたと伝えた。有給休暇は有り余っていたし、急に休んで職場が困るというようなポジションからはもう外れていた。今日考えることではないが、出るか残るか、そろそろ身の振り方を考えなければならない時期にさしかかっていた。
 玄関先に車をまわした。パンパンに膨れ上がった九十リットルの半透明のポリ袋が十七個。軒下にピラミッド状に積み上げてある。その横に青いスズランテープでしばった布団とマットレス。不燃物を入れた黄色いコンテナが八個。一種壮観な眺めだ。業者に頼むことも考えたが、自分で清掃センターに持ち込むことにした。誰が運ぼうが行きつく先はいっしょだが、息子の自分が運ぶほうが供養になるだろうと思った。感傷というか、自己満足にすぎないのだが、そうすることにした。
 ポリ袋の中身はほとんどが衣類と紙類だった。洋服好きとは知っていたが、これほどの量とは思わなかった。父は昭和一桁生まれ。小柄だった。タンスから出てくる洋服の中には新品同様のセンスのいいシャツやジャケットがあったが、袖を通すまでもなく小さすぎた。靴もそうだった。
 紙は大半が民生委員時代の書類だった。役所からの通信文、手帳、メモ、請求書、領収証、名簿、イベントのチラシ、礼状……。種々雑多な書類が引き出しや段ボール箱のなかに無造作に突っ込まれていた。
 ヘソクリも日記も出てこなかったが、押入れやあちこちの引き出しから輪ゴムでとめた紙の束が出てきた。大きさも枚数もバラバラで、メモ用紙にするつもりだったのかと思うと、裏表印刷されたチラシを切った束もあった。いったいこれは何なのか。
 母にたずねると、知らないと答えた。ハサミでチョキンと切るように、ただ「知らない」と。父のことにはもう関わりたくないという気配がありありとうかがえた。今さらだが、記憶のどこを切り出しても父と母のあいだに夫婦らしい温もりというものはなかったように思う。
 自分が不幸だと思ったことはないが、酔っぱらった父が母に投げつけていた湯呑の模様や灰皿の色は今も鮮明に思い出せる。「おとうちゃんはおっかない。仁がいなかったらとっくに離婚してた」と、ことあるごとに母は真顔で言った。子どもの私にだ。
 今でいえばDV夫の被害者だ。だから、母の生き方を打算と責めるつもりはない。酔って湯呑を投げるおっかない夫でも、がまんさえしていれば子どもを育てて暮らしていける。それが、いわば母の生業だったのだ。

 家と清掃センターの間を五往復したところで息子から電話がかかってきた。離婚した妻について行って五年になる。親子ということもあるのだが、月に一、二度は顔を合わせている。妹、つまり娘のほうは会ってもツンツンしているのだが、息子とは話ができた。
「ゼミの面談終わった。手伝いに帰れるけど、どうする、帰ろうか?」
 ひとりより二人と思い、〈暇なら手伝いに来てほしい。メシ、酒、日当付き〉とメッセージを送っておいたのだ。
「あらかた片付いたから、もう大丈夫だ。ゼミの面談って?」
「就職か大学院か」
「もう、そういう時期か。で、どうするんだ」
「まだ、迷ってる」
「そうか。ゆっくり考えるといい。院に進むなら学費は手伝おう」
「ありがとう、助かる」
「俺にはそのくらいしかできないからな。じゃあ、またな」
 また、と言って息子は電話を切った。成人した子どもに親がしてやれることは少ない。応援してやることぐらいしかできないのだ。そして、徐々に立場が逆転する、父と自分のように。それが自然の流れなのだ。
 時計は昼を回っていた。ポリ袋と布団だけならあと一往復。コンテナまで終わらすには三往復は必要だ。十一月の日は短い。父の原戸籍を取るには、現住所のある矢口市役所で住民票の除票を取って、本籍のある浅羽市役所に行かなければならない。距離にしておよそ四十キロ。一時間では着かない。コンテナは後回しだ。物置にはまだ余裕がある。冬眠してもらおう。
 ポリ袋と布団を車に詰め込んで家を後にした。途中でガソリンを入れ、コンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。営業をしていたころは、よくこうして移動中に食事をした。なつかしい思い出だ。
 清掃センターは市のはずれにある。田んぼが山に切り替わる扇状地の端。午前中には行き交っていた清掃車もだいぶ姿を消していた。
「市内の川辺町です。可燃ごみです」
「ごくろうさまです。免許証を拝見します」  
 受付にいたのは、午前中の不愛想なおやじに代わって愛想のいい若者だった。
「はい、ありがとうございました。まっすぐ進んで三番のゲートにお願いします。スタッフにこの書類を渡してください」
 淀みなく案内されるとテーマパークにでも来ているような気になる。
「中身は訊かないんですか。午前中は五回来て五回とも同じ人に訊かれたんですよ」
「そうですか。それは大変でしたね。昔、死体を持ち込んだ事件があったみたいで。でも、今はそういうことはありませんし、仮にあっても、ここの炉では骨も残りませんから。では、どうぞ」
 あくまでも明るく丁寧に言うと、若者はゲートの方向を手で示した。たしかに、ここまで来てしまえば、もはや中身が何であろうと関係ない。数十メートル先にはすべてを焼き尽くす業火が待ち受けている。民生委員の委嘱状もシックなツイードのジャケットも輪ゴムでとめた紙束も等しく灰になるだけだった。
 
 浅羽市役所には午後三時にあと数分という時間に着いた。あとはここで原戸籍を取れば終わりだ。
「お待たせしました。こちらがお父さまの浅羽市での戸籍になります」
 手渡されたのは水色のA四サイズの用紙が六枚。最初の二頁は明朝体フォントの横書きで、本籍住所、氏名、戸籍事項、身分事項といった項目と内容が整然と印字されている。ここまでが戸籍が電子化された改製後の戸籍だ。
 残る四枚が改製原戸籍だった。明治から昭和にかけての平井姓を名乗るこの家の戸籍が達筆な手で縦書きに記されていた。曰く、明治貮拾七年拾壱月参日相続……、大正拾年九月参日準禁治産ノ宣告ヲ取消アリタル……、昭和弐拾四年四月拾壱日婚姻受付ニ付キ除籍……。
「二部ですので千五百円になります」
 料金を払って立ち去ろうとすると、受付の女性がさらに声をかけてきた。
「あのう、差し出がましいようですが、相続に使われるんですよね」
「はい」
「お父さまの原戸籍は浅羽市だけでは終わらないのです」
「はい?」
「内容上、窓口では詳しくご説明できないのですが、ここをご覧ください」
 女性は父の名前の上に細かく記された文の一部を指さした。
「多辺郡稲見村……」
「今の稲見市です」
「どういうことですか?」
「こちらでお生まれになってます」
「稲見で……。でも、どうして?稲見で生まれたなんて初めて聞きます」
「それはなんとも……」
「そうですよね。すみません。ありがとうございました」
 礼を言って受付を離れた。駐車場に向かう。足早になっていた。陽はすでに西に傾き、アスファルトには建物の影が伸びていた。
 稲見市は、浅羽市から隣の町を越えた東に位置する。カーナビは市役所まで一時間八分と計算した。間に合う。ゆっくりと車を発進させた。慎重に運転しなければならない。動揺は体にもおよんでいるはずだ。料金精算機に百円を入れ、稲見市につづく道へと左折した。
 市内では抑えられていた疑問が郊外に出た途端に奔流となってほとばしった。叔父、伯母、そして父からわずかに聞いていた話では、父たちきょうだいは父が小学校四年生のときに母親、つまり私の祖母を病気で亡くし、父親が後添えとして迎えた継母から冷たいあつかいを受け、戦争が終わったときには父たちが財産分与を受けられないようになっていて、追い出されるように住み込みの就職をさせられた――というものだった。
 読み込んでみれば理解できるのかもしれないが、浅羽市の原戸籍からはこのストーリーは浮かび上がってこない。むしろ、気になる言葉がモザイクのように散りばめられていた。しかも、叔父の名前がどこにもなかった。父と伯母の母とされている後藤ツネとはいったい誰なのか、なぜ叔父の名前がないのか、誰が継母で誰が異母きょうだいなのか……。何度かカーナビが示す道を通りすぎ、信号で後ろの車からクラクションを鳴らされて稲見市役所に着いた。四時二十七分。あたりはすっかり夕暮れに包まれていた。
 天井の低い古びた庁舎には、いたるところに増改築の跡が残っていた。迷路のような薄暗い廊下を抜けた先に住民課はあった。戸籍係の窓口に申請書を出すと、ふくよかな年配の女性が「お待ちください」と低く歌うように告げて奥に消えて行った。
 住民課の前には背もたれのない茶色のビニール張りの長椅子が数脚置いてあった。閉庁間近のこの時間になると利用者はまばらで、カウンターの向こうでは職員たちが帰り支度をはじめていた。
 窓口業務の終わりを告げる放送が流れても戸籍係の女性は戻ってこなかった。職員たちが三々五々と席を立ちだした。間引くように天井の灯りが落ちはじめる。見通せるかぎり、このフロアで何かを待っているのは自分ひとりになった。住民課では最後の職員が席を立とうとしていた。私は思わず、その中年の職員に声をかけた。
「すみません。原戸籍というのは見つけるのに時間がかかるものなのですか」
「一概には言えませんが、古いものほど、枚数が多いものほど時間はかかります」
「昭和四年くらいだと」
「時代的には手間取らないと思います」
「じゃあ、数が多いんですね」
「おそらく、そうだと思います」
 職員はにこりともせず、しかし律儀に対応してくれた。引き留めてしまったことを申し訳ないと思いつつ、彼の誠意にすがった。
「数が多いと言うのはどういう?」
「記載すべき人数が多いとき、必然的に枚数は増えます。三世代、四世代同居、子どもの多い大家族などはそうなる傾向があります」
「三人きょうだいのうち、ひとりだけ戸籍に名前がないというのは?」
 気になっていたことをたずねてみた。職員はしばらく口を結んで考えていたが、やがて首を振った。
「何らかの事情があった、としか申し上げられません。そのあたりのことは豊浦におたずねください。戸籍の読み取りには誰よりも精通しています」
「豊浦さんというのはさっきの」
「そうです。では、私はこれで」
「そうでしたね。帰りがけに引き留めてしまってすみませんでした。ありがとうございました」
「いいえ」
 職員は表情を変えずに会釈をして、踵を返した。奥へ消えゆく姿を見送っていると、入れ替わるようにふくらみを帯びたシルエットが現れた。少なからぬ量の紙をたずさえていた。二つ目の原戸籍――あそこに自分の知らない父のはじまりが記されている。
「お待たせしました」
 柔らかな声で豊浦さんは言った。
「お手数をおかけしました。ここまで来るとは思ってなかったもので、遅い時間になってしまいました」
「いいんですよ、仕事ですから。すぐにお持ちになりますか」
 三、四十枚はありそうな原戸籍を豊浦さんは両手でこちらに示した。浅羽市のものよりだいぶ多い。
「残業になってしまって申し訳ないんですが、できれば教えていただきたいことがあります」
「わかりました。では、あちらでお話ししましょう」
 よほど固くなっていたのか、思いつめた様子だったのか、豊浦さんはいたわるように私を壁際のテーブル席に案内した。
「読ませていただいていいですか」
「お願いします。できれば、こちらも」
 カバンから浅羽市の原戸籍を取り出してテーブルの上にそっと置いた。
「よろしいんですか」
「お願いします」
 神妙な面持ちだったと思う。すべてとは言わずとも、父の本当の生い立ちが明らかになるのだ。深々と頭をさげた。
「お父さまのお名前は、はじめさん、でしたね」
「はい。漢数字の一で『はじめ』です」
「わかりました」
 豊浦さんは稲見市の原戸籍から読み始めた。大きく、小さくうなずきながら頁をめくり、ときおり「なるほど」とか「まあ」とか声を洩らしながら読み進めて行った。途中、守衛さんが回ってきた。もう少しかかります、と豊浦さんは頭をさげた。私もつられて会釈をした。ごくろうさまです、と言いおいて守衛さんは去って行った。
 稲見市の原戸籍を読み終えると、豊浦さんはトントンとテーブルで端を整えて脇に置いた。そして、軽く手を合わせて浅羽市の原戸籍を開いた。その動作が妙に神聖に感じて思わず私も手を合わせた。豊浦さんの洩らす声と紙をめくる音がフロアを満たしていった。
 浅羽市の原戸籍が終わった。豊浦さんはフゥーと詰めていた息を吐き出し、顔を上げた。
「ご説明しますね」
「お願いします」
「詳しいことは、お聞きになってないんですよね」
「はい。今日の今日まで浅羽市で生まれたものと思っていました」
「そうですか。だとすると、少しショックな思いをなさるかもしれません。聞かなければよかった、聞きたくなかったと思われるかもしれません。それでもよろしいですか」
「はい。理屈になってないと思いますが、父が言えなかったことですから、私にはそれを聞く責任があると思います」
「よろしいでしょう」
 豊浦さんは稲見市の原戸籍の一頁目の右端の名前を指さした。
「この方、後藤章吉さんという方がこの戸籍の世帯主にあたる方です。そして、この方が」
 豊浦さんは一枚頁をめくった。
「お父さまのお母さま。つまり、あなたのおばあさまで、世帯主の後藤さんの妹さんです」
「妹?」
「はい。どういうご事情があったかはわかりませんが、未婚のままお父さまたちを産んでおられます」
「未婚のまま……」
「ここを見てください」
 豊浦さんは父の名前の右横を指さした。母:後藤ツネとあり、父の欄は空白だった。キミという伯母の名の横も、武という叔父の名の横も同じだった。
「こちらには叔父の名がありますね」
 口にして、知るべきことを避けていると思った。
「ええ」
 とうなずく豊浦さんの声は優しかった。
「浅羽市に叔父さまの名がないのは、十四歳で養子に行かれたからです。ここに」
 豊浦さんの指先には細かな旧い漢字で日付と見覚えのある住所と養父にあたる人の名が記されていた。それで叔父は田上姓になったのだ。
「その頃まで、お父さまたちは、お母さまと四人で菊原町で暮らしていました」
 浅羽市から通り越してきた町の名だった。
「お父さまたちの記述にお母さまの名が出てくるときは必ず菊原町の住所が出てきます。これはお父さまたちがそこで暮らしていたことを伝えているのです」
「でも、なぜ稲見市の戸籍に」
「後藤さんという世帯主の方がお父さまたちを不憫に思われたのでしょう」
 豊浦さんは、想像でしか語れない、いろんなことを言外ににじませていた。ここまで聞けば私にもそれはわかる。たぶん父たちは、母親が戸籍さえつくれない、さもなくば、つくることをあえて選ばなかった妾あるいは不倫の子だったのだ。だから、戸籍の住所にも住めなかった。後藤家の世間体がそうさせたのだろう。
「父たちは幸せだったのでしょうか」
「どう、思われますか」
「わかりません。わかりませんが、そう思えるときがあってほしかったと思います」
「お気づきと思いますが、浅羽市の原戸籍の世帯主、平井大造さんとおっしゃる方がお父さまたちの父親です」
「はい」
 答える声は薄く乾いていた。豊浦さんはゆっくりと続けた。
「この方がツネさんのもとに通って来ていたのか、いっしょに暮していたのか、それはわかりませんが、ふたりは三人もお子さんをもうけられている。それに、お父さまには一と書いて『はじめ』という名を付けておられる。意味のないお名前ではないはずです」
「たしかに」
「ですから、幸せな時間はたっぷりおありだったと思います」
「そう願いたいです」
「そうですね」豊浦さんはゆっくりとうなずいた。「ただ、それもお母さんであるツネさんが亡くなるまでのことだったようです」
「亡くなった……」
 私は父の母の記述を指でたどった。
「叔父が養子に出たのと同じ年」
「お父さまが十五、伯母さまが十八の夏でした。叔父さまが養子に出られたのが九月。お父さまと伯母さまが平井家に認知されて稲見の戸籍を抜けたのが十月。お母さまが亡くなった直後のことです」
「なんてことだ……」
「大変だったと思います」
 おそらく、この後が継母の話につながるのだ。
 父が母に優しくかかわれなかったことや息子である私を溺愛していながら正面から向き合おうとしなかったこと――向き合えなかったことの根元がわかった気がした。人格形成の養分といえるものが、あまりにも不足していた。
「ありがとうございました。お話をうかがえてよかったです」
 言葉とは裏腹の表情だったのにちがいない。豊浦さんは心配そうに私を顔のぞきこんだ。
「大丈夫ですか」
「正直、腹が立っています。平井大造と後藤ツネという人たち。どんな事情があったかは知りませんが、これじゃあ、父や伯母たちがかわいそうすぎる」
「おっしゃる通りです」
「大人の都合に翻弄されただけとしか思えません」
 豊浦さんは静かにうなずいた。その眼には哀しみが湛えられていた。父や伯母たちの不憫を思う気持ちが私の胸に触れた。
 息子と娘の顔が浮かんだ。
 同じ苦労をさせてはいけない。時計を戻すことはできないが、愛していることを伝えよう。父と母は離婚してしまったけれど、大人の都合で申し訳なかったけれど、できるだけのことはさせてもらいたい、ずっと応援させてほしいと伝えよう。
「ありがとうございました」
 料金を払い、改めて礼を言い、二つの原戸籍――父方のルーツを持って市役所を出た。ポケットの電話を手に取る。木枯らしの吹く空に皓々と月が光っていた。
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