第1話 罪とは何か……
文字数 1,999文字
人生には、思いもしない事が起こる瞬間がある。
今、男は背中を刺されている。
通り魔に遭ったのである。――まさか、という気持ちだった。
背中に、激しい痛みが走っていた。振り返るが、そこに犯人の姿はない。
助かった――という程ではないが、男はそれに似た気持ちになった。
確かに、後ろから何かがぶつかって来たような感覚があったのだ。
そして、今も痛みがある。
そんな話、子供たちがするお遊びの作り話にしか思えない。
だが、冷静に悠長に考えている場合ではないので、男は痛みを堪えながら――話を進めた。
このままだと死ぬ――その言葉が、男の耳に強く響いた。
男は、自分が考えている妖精と、別のものの話をしているのかと思って、頭が混乱した。
何かの生き物の――幼生ということも、考えられる。
手の先も冷たくなってきているように感じられて、本当に命の危機を覚えた。
妖精の話なんてされたから、
男は茫然として何をすることも忘れていたが、
急に怖くなってきて、後ろにいるという妖精を振り払おうと、
必死に手を動かした。
そんな声を聞きながら、男は倒れた。
顔に触れるアスファルトが、温かい。そう感じたのを最後に、男は意識を失った。
一瞬、状況が分からなくなったが、すぐに青年の声を思い出した。
青年の話が嘘だったのか、間違いだったのか、男は生きていた。
息も出来ている。男は、ゆっくりと体を起こした――。
体が、冷たくなっていくような感覚が、体に広がっていった。
男は、地面に倒れていたので、服に着いた埃や砂を手で払い落しながら、呟いた。
それから、周囲に視線をやった。
街灯の明かりを背後から受け、青年は男に妙なことを聞いてくる。
男は、青年の言っていることが理解できなかった。
仮に、それが本当だったとして、どうしてこの青年がそんなことを知っているのかと、思った。
男が言ったことに対して、青年はそう微笑んで返すと、そのまま立ち去ろうとする。
男は、混乱していたのもあって――不安になり、青年を呼び止めた。
青年は振り返ると、男に歩み寄って来て、
男の頭の後ろに手を置くと、突然キスをしてきた。
まさか、そんなことをされるとは思っていなかったので、男はよけることが出来なかった。
そう言って、青年は立ち去った。
男は、訳も分からぬまま、青年の背中が小さくなっていくのを見送ったのだった。
頭の中に、センサーでもあるみたいに、
青年の姿が視界から消えても、どちらに向かっているのかが分かる。
そんな妙な感覚に、男の意識は少しずつ冷静になっていった――。