【第二十四話】魔王、自分のステータスを閲覧する。

文字数 2,030文字




 馬車に乗っている間も、帰宅してからも、俺は先程のリザリアの顔を思い出していた。なんだか、胸が痛む。

 ――正直俺は、リザリアの事が嫌いじゃない。そして特にいやだと思う部分もない。だがそれと好きは、イコールではないと思う。

 リビングのソファに座って、俺は爺やが淹れてくれた紅茶のカップを持ち上げた。そして一息飲んで、思わず呟いた。

「そもそもの話、俺、魔王だし。それを黙って……隠し事をして恋愛するなんて、誠実じゃないし」

 気づくとそう口にしていた俺は、自分の口から、『恋愛』なんて言葉が飛び出した事に驚愕していた。すると爺やと、そばにいたレンデル、本日は調査を早めに切り上げていたらしいマリアーナと、丁度飲み物を取りに顔を出したところだったらしいメルゼウスという四天王四人の視線が、俺へと集中したのを感じた。気恥ずかしくなって、俺は慌てて首を振る。するとしらッとした顔で、マリアーナが腕を組んで俺を見た。

「魔王様ぁ」
「な、なに?」
「魔王様は、魔王である事を理由に、他の人間との間に一線を引いて、恋から逃げてるだけじゃありませんか?」
「は?」

 その言葉に、俺はポカンと口を開けた。するとレンデルが天井付近の宙を見上げながら笑った。

「僕もそう思うなぁ。だって魔王様、恋かはともかく、今は魔王時代よりずっと楽しそうだし。特に林間学校が終わってから。柔らかくなったっていうか」
「わしもそう思いますぞ。魔王様は、ご自身の気持ちに疎いところがおありだから、傍からわしらが見ている方がよくわかるのですがのう」

 爺やまで頷いた。俺は思わずじっくりと瞬きをする。そうしたら、メルゼウスがぼそりといった。

「夏休みの間も、リザリア様が訪ねてくると、楽しそうにしてたしな」
「なっ、そ、そうだった? そんな記憶はゼロだけど?」
「無自覚か。だったら、鏡の前に行って、早急に自分のステータスを見てきたらどうだ? そうすればはっきりするだろう」

 メルゼウスの指摘に、俺は呻いた。実際、鏡を前に、自分を対象にステータスをオープンすれば、俺は自分の気持ちも客観的に数値で閲覧可能だ。だが俺は、そんな事は、魔王時代ですらした事が一度も無い。HPやMPの確認は、手鏡を用いて行った事があるが、誰かへの気持ちなんて、見る必要も無かったから、一度も確認した事は無いのである。

「なんとも思っていないのなら、それをはっきりさせればいいだろう」
「う……」

 メルゼウスの言葉はもっともだ。頷き、俺は立ちあがった。だ、だって、なんとも思ってないよね? 俺は自問自答しながら、脱衣所を兼ねた洗面所へと向かう。そして大きな鏡の前に立ち、ステータスを閲覧する事にした。脳裏に魔法陣を描くと、鏡の中の俺の頭上に、ステータスが現れた。その下部の、他者への好感度のところを、視線で操作して大きく開いてみる。リザリアだけでなく比較対象として、俺は同じクラスになって喜んだほかの三人、ルゼラ・シリル殿下・アゼラーダへの好感度も見る事にした。

 まず、シリル殿下――65%。
 どうやら俺も、殿下の事を大親友だと思っていたらしい……。
 これだけでも衝撃的だったが、ルゼラとアゼラーダに対しても、俺は60%台の数値を叩き出していた。三人とも同じくらい、俺の中では大切な親友らしい。嘘だろ? 気づかなかったよ、俺は……。

 しかし俺は、それら以上に、衝撃を受けてしまった。俺のリザリアへの好感度――それが……92%。完全に恋だった。俺は恋愛状態にある。唖然とするなという方が無理で、俺は半分ほど開けた唇を、無意識に右手で覆った。俺は、比較対象の三人に比べると、ずば抜けてリザリアが好きな上、これはもう、間違いなく……愛情だ。

「えっ」

 数値を見て自覚した瞬間、俺の鼓動が早鐘を打ち始めた。心臓がドキドキドキドキとし始めて、すごく煩い。同時に俺の頭の中には、リザリアの様々な表情が浮かんでは消え始めた。最初に会った時、公爵邸へ行って二人で話した時、何気ない学食でのお昼の光景、。観覧車に乗った時の事、魔獣からルゼラを庇っていた時の凛とした眼差し、優しい笑顔もあれば、先程見た悲しいような、傷ついたような顔も、俺の脳裏を埋め尽くしていく。

 焦った俺は、ステータスを消失させて、消えたことを鏡を見て確認した。
 するとそこには、露骨に赤面している俺の顔も映っていた。

「……明日から……これから俺、リザリアに会ったら、どんな顔をしたらいいんだろ。どう対応すればいいんだ? 何が正解?」

 俺は真っ赤なままで、暫しの間鏡を見ながら、ブツブツと呟いていたのだった。
 なんとか顔の赤さが収まってから、俺はリビングへと戻った。

「答えは出ましたかな?」

 すると爺やに訊かれたので、俺は無表情を保つ。

「さぁね」

 そう答えてから、改めて淹れてもらった紅茶を飲んだ。その間も頭の中には、ずっとリザリアがいた。この日は入浴中も、睡眠前も、ずっとずっとリザリアの事を考えていた。



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