第1話

文字数 956文字


「本当にここであってるのかな…。今夜、宙船が出るって聞いたんだけど。」

辺りは真っ暗で、時折吹く風が生ぬるい。
森の木々がザワザワと音を立てる。
小枝が折れる音も聞こえる。
折角来たんだ。きっともう少し…。

じっと耳を澄ませて夜を見上げる。
不思議だ。一番星すら輝かない空。
「お願いだから、早く迎えに来て。噂を頼りにここまで来たんだ。」
どんな物か想像は付かないけど、きっと、きっと凄く素敵な物なんだ。

身を持っていかれるくらいの、大きな風が吹いた。
突然空が明るくなる。
「…!あれだ!ああ、噂は本当だったんだ!三日月の宙船!」
想像していたよりも小さかったけれど、ああ、本当に現れた。
「乗せてください!私はその船に乗らないといけないんです!」
大声を出してみたけれど、誰かに聞こえているのだろうか。

宙船は私の真上で停車していて、そこから動く気配はない。
すると、長いはしごがするすると、風に煽られる事なく降りてくる。
「これを使って、中に入れって?そういう事なのかな。」
船に乗るにはきっとこの方法しかないんだ。なんとなくそう思い、はしごをゆっくり登る。
ちゃんと見上げながら、足も踏み外さないように、ゆっくり、ゆっくり。
「ここが…船内。不思議…花の香りがする。」
遂に私は宙船に乗れた。

下を見てみると、知らないうちにさっきまで居た森は、ずっと遠くにあった。
「凄い!もうこんな高くまで飛んでいたんだ!」
そして気づけば満月を横切り、更に上へ、上へ。
たどり着く場所は、一体どんな所だろう。
「さよなら、さよならこの世界!」
大きく手を振りながら、そう言うと、今までの楽しかった記憶だけが頭をよぎる。
そう、楽しい事もあった。笑顔だって何度も出来た。けれど私はこの道を選んだ。
「どうして…最後に未練が残るの…かな。」

現実世界でうまく生きる自信も、死ぬ勇気もなかったわたしは、宙船を選んだ。
この船は感情のない世界へと、人間を運んでくれるらしい。
きっと今流れてるこの涙は、最後の涙になるだろう。
私はどんな人間として、終わるのだろう。
ああ、光が溢れていて眩しい…。もうここは終わりの地なのだろうか。
色濃く咲いた花の香りが強くなる。
「きっとここではうまくやっていける。例え、何も感じられなくても…ね。」

最後に私が見た景色は、朽ちた宙船と、遠くに見える地球だった。

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