第1話

文字数 2,061文字

【上】
 ファンタジー作品の良さは、作り込まれたその世界観にある。これが私の考えだ。もちろん、時にはメタ的な発言が面白さを生むこともあるだろう。しかしそれは、読者を、明るく楽しいフィクションの世界から暗くつらい現実の世界に引きずり戻すリスクがある。そこで私は閃いた。面白さを度外視し、世界観を徹底的に追求すれば、完璧なファンタジー作品を作れるはずだ。
 ファンタジー作品を読んでいて、ふと違和感を感じた事はないだろうか。明らかに作られた世界故の不自然さ。どうすれば、その違和感を取り除くことができるのか。
 まずは、違和感の具体例を挙げていこう。例えば、その作品の登場人物が「縁起が良い」というセリフを喋ったとする。縁起という言葉はもともと仏教用語なので、その作品の中に仏教という宗教が存在すると推測できる。魔王を倒すために勇者が旅に出る、そんな王道ファンタジーであっても、そこには仏教が存在し、釈迦や菩薩、そしてインドが存在すると考えられる。
 他にも、漢字とひらがなとカタカナが存在するならば、その世界には、漢字を崩してひらがなが作られた時代があったのか、それ以前には万葉仮名があったのか、という事は万葉集がその世界にもあるのか、万葉集があるのならそれを作らせた天皇家が存在するのか、その世界に変体仮名はあるのか、明朝体などの書体はあるのか、芋づる式に世界の歪みが広がる。
【中】
 結局の所、世界観を突き詰めた違和感のないファンタジー作品を書くならば、まずは文化及びそれに付随する言語から作る必要がある。未知の文字を創作し、未知の文法を生み出し、未知の言語を創造するのだ。そして、誰も読めないその文字で、その世界を書き記す。それはもはや、異国の書物と言っても差し支えないだろう。その世界独自の文化の中で生まれた言語が、その世界を描写している。擬似的に、世界を作ることができるはずだ。読者は、まずその言語を習い、読み解くスキルを手に入れることで、はじめてその作品を楽しむことができる。入り口のハードルはとてつもなく高いが、一度世界に入り浸れば、言語の違和感のせいで現実に引き戻されるなんて心配は無用になるだろう。
 しかし、それでもまだ安心はできない。目の肥えた読者は、人工物特有のぎこちなさをめざとく感じとる。圧力鍋で簡単手軽に短時間で作ったカレーが、じっくりコトコト煮込まれた2日目のカレーに勝てないのと同じだ。人の手によって作られた文化、人の手によって作られた言語、はたして、それで完全なファンタジーと言えるのか。答えは否だ。極端な言い方をするならば、完全なファンタジー世界を作りだすには自分がその世界の神になる必要があるのだ。
 さぁ、まずは筆と倫理観、そして時間という概念に縛られた肉体を捨てよう。そんなものは神には必要ない。そして広大な土地を用意する。一つの島、一つの大陸、一つの惑星、一つの宇宙、自分が管理できる空間を作ろう。この土地が広ければ広いほど、出来上がる世界の奥行きも広がるはずだ。その土地に、自然をつくりだそう。元素を構成し、大気を生み出し、大地を隆起させ、川をひき、木を植え、花を咲かせる。君が望む生き物も用意しよう。バクテリアから巨人族まで、御所望な生き物を、自由に作り出す。神になるためには、生命への冒涜も仕方がない。そして最後に、産まれたての赤子を沢山、攫ってこよう。
 初めのうち、彼らは文明とは程遠い存在に見えるだろう。しかし、進化と発明を繰り返して、彼らは文明を作り出す。長い歴史の中で、独自の文字が生まれる。紙や粘土板、またはそれに類するものが発明される。神が作り出した環境に適応し、独自の文化を形成するのだ。もちろん、途中で絶滅する事もあるだろう。だが、神に休憩する時間はない。せっせと次の人類を導くのだ。
 時には君が、彼らの前に姿を表す必要もあるかもしれない。君の行動は、神話となり、世界に彩りを添えるだろう。
【下】
 途方もない時間と努力の果てに、彼らが1つの文章を書き終えたなら、君の壮大な計画は成功したといえる。天然の文化、天然の言語、それらから生まれた、まさしく天然のフィクションだ。もちろん、書いた本人は、その本がファンタジーだなんて微塵も思っていないだろう。彼らにとっては、それは事実なのだから。しかし、それは我々にとっては作られた物であることに違いはない。天然の野菜だけでスムージーを作るために家庭菜園を始めるタレントと、やっていることは同じだ。混じりっけのない、真実の虚構。とても美しいことだろう。しかも、彼らの創作は止まることをしらない。彼らが絶滅するまで、数多くの物語が生み出され続けるはずだ。
 君はその中から、優れた作品を選ぶだけでいい。そして至高の一冊を、出版社主催の文芸作品コンテストに応募するのだ。「天然の文化、天然の言語、それらが生み出した、真実の虚構作品」というキャッチフレーズを添えて。審査員は、それを見て驚愕するだろう。一文字も読むことができないのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み