半人造人間の人殺し②

文字数 2,435文字

 その後。鬼頭の乗り継いできた車に送迎され、和穂達四人は共同生活地の、アパートまで帰ってきた。
 二十年以上前のアパートだけあって外装は古いが、室内は広々としているし、お風呂やトイレにも困らない設備が整えられている。
 帰った瞬間にただいまも言わずに、和穂が一番風呂に直行してから約一時間後。
 深淵と和穂は朝から干していた洗濯物を畳みながら談笑し、飛鷹と大和が夕飯の準備をしている最中。
 ノイズ混じりのラジオから、淡々と閉鎖区の状況が流れ落ちた。

『本日の犠牲者を発表致します。身元不明の中毒者、四名。一般人の犠牲者、一名。また、閉鎖区に潜入していた政府軍、一名が───』
「ねぇ、どうしてまだ、閉鎖区には一般人が住んでるの?」
「「「………」」」

 実を言うと、閉鎖区に住まわる、二〇数年前に閉じ込められた一般住民と密葬衆には、今やなんの関わりもなかった。密葬衆では無い一般人は二〇数年前、中毒者に立ち向かわなかった人間であり、現在は密葬衆と中毒者の脅威に怯える、被害者そのもの。
 だからこそ政府軍は密葬衆のみを目の敵にし、一般人を助けるための活路を見出すべく、日々、活動しているはずなのだが。
 何故、一般人は未だに、助けられていないのだろうか。
 という単純な疑問だったのだが、和穂が予想以上に無知だったからか、深淵が馬鹿みたいな大声で叫んだ。

「なんでそんなこと知らねぇんだよ!?
「えっ? 逆に深淵知ってるの?」
「おっ…………っ………それは………だな………」
「大和、飛鷹ー」

 深淵では頼りにならない、と炊事場で料理をしている二人を呼びつける。
 呼ばれた飛鷹は食材を切りながら、こちらを一切見ずに口を開いた。

「その一。中毒者の感染源、もしくは、中毒者に薬を配っている組織が未だ不明だからだ」
「例えば中毒者が感染型だったら、閉鎖区以外に出した場合、被害者の数が予想出来ないくらい広がる。もう一つ考えられる要因として、その中毒者を生み出してる組織の成り立ちが、閉鎖区に住んでる一般人から成り立っているかもしれないってこと。そうすると、閉鎖区から一般人を避難させるのに、最低一年はかかる」
「一年ならばいい方だろう。ここ二〇数年間、一般人が未だに閉鎖区に閉じ込められ、尚その人口を増やし続けたのは、閉鎖区にいるのに慣れたのと………」

 ザクン、と、包丁が音を鳴らしながらまな板に突き立てられた。

「単純に、日本の政府が介入してこないのが原因だろ」
「その通り」

 大和の言葉に、飛鷹は満足気に頷いた。
 この国の政府が今、何を考えて、この区を野放しにしているのかは知り得もしない。
 だが、政府の管轄下である軍が動いている以上、少なくとも向こうも能無しでは無いのは確かだ。

「他のよーいんは?」
「深淵、お前は後で一度、俺の部屋へ来い」

 数年前に鬼頭から頭に叩き込まれた事例のほとんど全てを忘れている深淵に、飛鷹が鬼の形相で告げた。
 そんな二人を放っておいて、大和は続ける。

「中毒者って、理性がある奴はあるだろ。つまり理性があるってことは、人間の三大欲求もあるってことになる」
「そうなると、中毒者が子供を作ってる可能性も高い」

 その言葉に、全身の毛が逆立つ感覚がした。

「じゃあその子供がどうなんのか、って言ったら、これもまた未だに不明。だからこそ、閉鎖都市は閉鎖都市として成り立たせるしかない」
「なるほどな〜」
「じゃあ」

 ───きっと。

「ここに住んでる人達は、私たちを恨んでるんだね」
「………」

 すん、と、空気が死んだ。
 あぁ、しまった。また、空気の読めないことを口走ってしまった。和穂の悪い癖だ。自覚はしているのに、直せもしない悪い癖。
 ごめん、と謝ろうとしても、もう遅い。
 が、次の瞬間には、目の前にいた深淵が勢いよく立ち上がった。それも畳んだばかりの洗濯物を全て散らかして。

「それは違ぇだろ!」
「あぁ、違う」
「そう………?」
「あー………違うかどうかはわかんねぇけど………」

 大和が調理し終えた、『ハヤシぶっかけオムライス』を机の上に並べながら、まるで諭すように言った。

「少なくとも、和穂が原因で恨んでるわけじゃねぇよ」

 大和の言葉は、理解はできる。
 けれど、とても納得できるような言葉では、なかった。

「でも………今日も、沢山殺したよ」

 その言葉に、今まで騒ぎ立てていた深淵ですらも、言葉を発さなかった。

「それが、俺たちの責任のとり方であり、生き方そのものだからな」

 唯一、最年長の飛鷹がこの場を閉めたことにより、その後の食事でこの手の話題が出ることは、一切なかった。

*☂︎⋆

「ではこれから、定例会議を始める」

 暗闇で、声が響いた。

「うちの部隊長はこれ以上の半人造人間はいらん。四人で事足りる」
「随分な自信ですね」
「うちは優秀だからな」

 暗闇で、紙に触れる音が響く。
 真っ黒な紙には、とある四人の情報が、記載されていた。

『鬼頭飛鷹 二二歳
 冷静沈着、冷酷無常。人を殺すことに一切の躊躇はない。サポートから主力まで、なんでもこなせる万能手』
『天逆毎深淵 二十歳 
 要注意。人を殺すことに快楽を覚えている。突発した力はないものの、動体視力が部隊の中で飛び抜けている』
『皐月大和 十七歳
 部隊の中で唯一、人を殺すことに躊躇する。「業」の影響で後方支援が得意であるが、前線で戦える戦闘力を持ち合わせている』
『西雪和穂 十五歳
 高い戦闘力と、その冷酷さか鬼頭飛鷹同様、人を殺すことら躊躇しない。「紋章」を切り裂かないことが特徴的』

 四人の資料に目を通した暗闇は、感嘆の声を吐き出す。

「確かに、このメンバーならば、補充はいらないだろうな」
「ですが、西雪和穂は紋章を切らないとの事。これは一体なぜですの?」

 一人が男に尋ねた。
 男は暗闇で相好を崩し、やがて口を開いた。

「あれは身内には優しいからな。報告に上がらないのは、身内にその姿を見せていないからだろう」

「あれは特別だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()
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