レイニーブルー
文字数 1,280文字
何が、ダメだったんだろう?
降りしきる雨の中を歩き続けた。
『ゴメン』
彼の言葉がリフレインする。
絶対いつか結婚しようね、って。
蒼 じゃなきゃダメなんだ、って。
出逢った頃あなたはいつもそう言ってたから。
さっきのはウソだよね?
ポケットからスマホを取り出してリダイヤルしかけて止める。
白い車が目の前の交差点を走っていく。
彼と同じ車種、もしかしたらそうなんじゃないかって今しがたその車から降りたばかりの私は目を凝らした。
同じような車なんかたくさんあるというのに。
『好きな子ができたんだ…』
……本当は気付いてた。
あなたの車の中、私のじゃないバレッタ。
私のじゃないリップ。
私に存在を知らしめるようなそれを見ないふりでやり過ごそうとしてた。
責めるのは逆効果になるんじゃないかって。
責めたら二度と私の元に戻ってはこないんじゃないかって。
何も言わずに何も聞かずに。
雨は降り止まない、私の顔も体もずぶ濡れだ。
すれ違う人たちは傘も挿さずに歩き続ける私を異様なものでも見るように避けていく。
ヘッドライトをつけた車があの人のものなんじゃないか、って何度も目を凝らしながら。
そんなわけはないのに。
私、どこへ行こうとしてるんだっけ?
そう、彼の家への道だ、これは。
さっきまで訪れていた彼の家に続く道。
終わったはずなのに、もう終わってしまったはずなのに。
『別れたくない』
そっと背中にしがみつく私に。
『……ゴメン、……アイツ、お腹に子供がいるんだ』
何て残酷なんだろう、ねえ。
私のお腹に命が宿った時にあなたは無理だ、と今回は諦めてと。
申し訳ない、と泣いてたよね?
今回は無理だけどきっといつかは、って。
だから私、それをずっと信じて、だからっ……。
ねえ、……嘘だと言って?
どこかで覚悟してたんだ。
座り慣れた助手席、きっと今日が最後だって。
あなたに呼び出された時、声が違ってたもの。
三日前から降り続く雨はきっと私の涙。
ねえ、私まだ全然了解なんかしてないのよ?
なのに何故あなたはそんなに清々しく。
『今までありがとう』
なんて、泣きそうなフリをして終わろうとしているの?
あなたの家を出て二つ目の交差点で赤信号で止まった。
私の家の方へと曲がる左方向のウィンカーを出して。
『私のこと、好きだった?』
そう尋ねた私に。
『大好きだったよ』
微笑んでくれたから。
その笑顔だけは忘れないように。
だって私、その笑顔が好きだったから。
思い出だけは切り取っておけるように。
時間を止めた。
微笑んだまま前を向いたあなたの首筋に刺さる銀色のモノを抜いた瞬間。
フロントガラスに紅い雨を降らせた。
紅い雨は私をも濡らす。
私は一人、車を降りて今来た道を引き返すように歩き出した。
信号が青に変わって。
後ろの車から出発を促すクラクションを鳴らされても彼の車は発信しなかった。
行きかう人はずぶ濡れの私を異様な物でも見るように避けて歩く。
『大好きだったよ』
私もよ。
あなたの笑顔を思い出しては微笑んで。
想い出だらけの街に蒼い雨は降り続く。
【完】
降りしきる雨の中を歩き続けた。
『ゴメン』
彼の言葉がリフレインする。
絶対いつか結婚しようね、って。
出逢った頃あなたはいつもそう言ってたから。
さっきのはウソだよね?
ポケットからスマホを取り出してリダイヤルしかけて止める。
白い車が目の前の交差点を走っていく。
彼と同じ車種、もしかしたらそうなんじゃないかって今しがたその車から降りたばかりの私は目を凝らした。
同じような車なんかたくさんあるというのに。
『好きな子ができたんだ…』
……本当は気付いてた。
あなたの車の中、私のじゃないバレッタ。
私のじゃないリップ。
私に存在を知らしめるようなそれを見ないふりでやり過ごそうとしてた。
責めるのは逆効果になるんじゃないかって。
責めたら二度と私の元に戻ってはこないんじゃないかって。
何も言わずに何も聞かずに。
雨は降り止まない、私の顔も体もずぶ濡れだ。
すれ違う人たちは傘も挿さずに歩き続ける私を異様なものでも見るように避けていく。
ヘッドライトをつけた車があの人のものなんじゃないか、って何度も目を凝らしながら。
そんなわけはないのに。
私、どこへ行こうとしてるんだっけ?
そう、彼の家への道だ、これは。
さっきまで訪れていた彼の家に続く道。
終わったはずなのに、もう終わってしまったはずなのに。
『別れたくない』
そっと背中にしがみつく私に。
『……ゴメン、……アイツ、お腹に子供がいるんだ』
何て残酷なんだろう、ねえ。
私のお腹に命が宿った時にあなたは無理だ、と今回は諦めてと。
申し訳ない、と泣いてたよね?
今回は無理だけどきっといつかは、って。
だから私、それをずっと信じて、だからっ……。
ねえ、……嘘だと言って?
どこかで覚悟してたんだ。
座り慣れた助手席、きっと今日が最後だって。
あなたに呼び出された時、声が違ってたもの。
三日前から降り続く雨はきっと私の涙。
ねえ、私まだ全然了解なんかしてないのよ?
なのに何故あなたはそんなに清々しく。
『今までありがとう』
なんて、泣きそうなフリをして終わろうとしているの?
あなたの家を出て二つ目の交差点で赤信号で止まった。
私の家の方へと曲がる左方向のウィンカーを出して。
『私のこと、好きだった?』
そう尋ねた私に。
『大好きだったよ』
微笑んでくれたから。
その笑顔だけは忘れないように。
だって私、その笑顔が好きだったから。
思い出だけは切り取っておけるように。
時間を止めた。
微笑んだまま前を向いたあなたの首筋に刺さる銀色のモノを抜いた瞬間。
フロントガラスに紅い雨を降らせた。
紅い雨は私をも濡らす。
私は一人、車を降りて今来た道を引き返すように歩き出した。
信号が青に変わって。
後ろの車から出発を促すクラクションを鳴らされても彼の車は発信しなかった。
行きかう人はずぶ濡れの私を異様な物でも見るように避けて歩く。
『大好きだったよ』
私もよ。
あなたの笑顔を思い出しては微笑んで。
想い出だらけの街に蒼い雨は降り続く。
【完】