第1話

文字数 1,386文字

 ――雑踏、喧騒の渋谷。その二人は仮装した人々で埋め尽くされたスクランブル交差点を渡り、ハチ公の前へと歩いていた。
「マギー姉さん、これ地味じゃない?」
 黒いローブの端を指でつまんでヒラヒラさせる。
「何言ってんのよ。本来魔女の正装は黒よ」
「マギー姉さん、私化粧薄くない?」
「濃くしたところで似合わないでしょ。あんたはナチュラルが一番似合うわよ」
 ほんの少し眉間に皺を寄せ、不服そうな妹のマリーを見やる。
 二人は人ごみのなか肩を寄せ合い、お揃いの魔女の格好をしている。
 姉のマギーはサラサラロングの黒髪をローブの中にしまいこんでいるが、妹のマリーは茶っぽいミディアムウェーブの髪を揺らしている。
 近年、ハロウィンのイベントとしての盛り上がりは凄まじいものがある。ここ日本は特に注目されており、ちらほら外国人も交じっている。本来、ハロウィンは秋の収穫をお祝いしたり、先祖の霊をお迎えしたりするものだったと思うのだが、見る影もない。もっとも、姉妹もこの仮装した人々を一目見ようとミーハー心で観光しに来たようなものだが。
 ぐすっぐすっ。
 ふと、二人の耳に鼻をすする音が聞こえてきた。
 十メートル程先の大きな看板の下で泣いている女の子がいる。手には提灯型のジャック・オー・ランタンを持っている。
「どうしたの?」
 マリーは女の子の前に膝を折り、顔を覗きこんだ。
「マ、ママとはぐれちゃって……」
「どこではぐれたの?」
「……イースト広場」
「あー、飛ばされて来ちゃったのか。今日は道が交わってるからなぁ」
「……それにこっちの人が怖くて。さっき血だらけの魔女がいたの」
「あー、怖いよね。本家超えてるよね……」
 マリーは後ろを振り返った。見慣れない街で大勢の人が行き交う中、今日は特にゾンビやらお化けやらフランケンシュタインやら、子どもの目には恐ろしいものに見えるのだろう。実際、私も血だらけの人を見て心臓がヒュッてなったし、とマリーは思った。
「あなたをママの所まで案内してあげる。マギー姉さん、いい?」
「ええ、いいわよ。ランタンしっかり持っててね」
 マギーは右手の手首を軽く倒し宙で何か掴むと、次いで親指で中指を弾きながら手首を起こした。すると、指先でオレンジの光がパッと咲いた。そのままふらふらと宙を舞い、やがて女の子の手にあるランタンの中へと入り、ジャック・オー・ランタンに明かりが灯る。
「わあ……っ」
 マギーはローブのポケットに手を差し入れて女の子に笑いかけた。
「『導の明かり』を入れたからその明かりがママの元まで運んでくれるわ」
「ありがとう! 魔女のお姉ちゃん。バイバイ」
「じゃあね」
 すうっと消える女の子にマリーは手を振った後、ぷりぷり怒り出した。
「まったく……。周りの人は何を見ているのかしら。今日は結構見える日だと思うんだけどな。女の子が一人で泣いてるっていうのに」
「しょうがないんじゃない? 自分の仮装お披露目の場所になっちゃっているんだもの。周りなんて普段より見えなくなってるんでしょう」
 マギーは答えつつマリーの頭を撫でる。困っている人を助け、こういうことに怒る妹をマギーは好ましく思っている。
「帰ろっか」
「うん、マギー姉さん」
 二人は並んでフードを目深に被った。マギーが先ほどと同じ動作で指を弾くと今度は青い光がパッと咲いた。
 次の瞬間、二人の姿は渋谷のどこにもなかった。
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