第1話

文字数 1,196文字

数年前の夏の夜の出来事を、娘がたびたび思い出しては嬉しそうに話す。

ある夏の日、家族皆んなで近所の夏祭りに出かけた。娘は妹と二人で浴衣を着て、さまざまな出店が賑わうお祭りを楽しんだ。はしゃぎ疲れた妹は寝てしまって、抱えながら帰ってきたのはまだ暗くなる前だった。

「隣の駅で8時から花火大会があるって。間に合うかもしれない。行ってみようか?」

夫の突然の提案に、娘は大はしゃぎ。
寝てしまった下の子と私は留守番することになり、夫と娘が2人で出かけることになった。

パパと2人だけの滅多に無い夜のお出かけ。隣の駅までの移動の電車。祭りの賑わいに花火大会。
娘にとってはワクワクすることばかりだった。

予想通り、「とっても楽しかったー!」と帰ってきた娘は、帰ってきた途端、私の耳元で囁いた。
「あのね、パパには内緒だよって言われたんだけどね。」
 「あのね、駅前のコーヒー屋さんでね、2人でケーキを食べたの。」
「いいなぁ。ずるいなぁ。」と言う私に、娘は頬を赤らめて嬉しそうな笑顔を見せる。

パパと内緒で食べたケーキは、思いもよらぬ最高のプレゼントとなり、この日は娘にとって忘れられない夏の一日になった。

夏が来るたび、娘はこの日の出来事を昨日の事のように話す。嬉しそうな娘の顔を見て思う。
きっと娘は、大人になっても、おばあちゃんになっても、この夏の日の出来事を決して忘れずに、楽しそうに話すのだろう。

この夏の日を大切にポケットに仕舞い込んで、大人になっていくのだろう。



まだまだ歩き疲れると抱っこをせがむ3歳の末っ子が、最近どこへ行くにも、小さなリュックにたくさんのおもちゃを詰め込んで持っていく。
抱えきれないくらいのものを詰めこんだリュックはパンパンになるけれど、リュックを持って出かけると、不思議と抱っこをせがまずに歩く。

折り紙で作ったお花や、お気に入りのぬいぐるみや、どんぐりや松ぼっくりや香りつきの消しゴム。小さな背中に重たそうに見えるリュックがぶら下がる。
たくさんの宝物を誇らしげに持ち、堂々と歩く末っ子の後ろ姿を見て、ふと思った。

子供達はきっと、日常から集めた楽しい記憶や嬉しい思い出を、大切に背負って大人になっていくのだろうと。

心がぽっと温かくなる出来事を、小さな手でポケットやリュックにたくさん仕舞い込んで。

そしてきっと、たくさんの幸せな記憶は、自信と勇気になって彼らを前に進ませるのだろう。

親が子供にできる1番の贈り物は、リュックにたくさん詰め込める、温かい記憶や思い出を、一緒に作ってあげることなのかもしれない。
抱きしめられた記憶、愛された記憶、そしてそれは、何気ない夏の一日の思い出かもしれない。


宝物がいっぱい詰まった末っ子のリュック。
「何が入っているの?」と聞くと、嬉しそうに並べて見せてくれる。

いつかまた、大人になったら教えてね。
ポケットに仕舞い込んだ、あなたにとっての宝物になった日々のことを。









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