私の魔王軍は５３万です
文字数 1,999文字
不気味な暗青色に輝く、洞窟の奥深くにて。
金色の玉座に掴まりながら、緑色の怪物が憎々しげに叫んでいた。
「やられはせん！ 不死身の肉体を持つ余が、貴様ら人間ごときに……」
口から青い血を流し、全身が酷く傷ついているものの、まだまだ元気な様子だ。
取り囲むのは、勇者然とした青年と、彼を慕う三人の女たち。一流の剣士と武闘家と魔導師だった。
代表して、青年が宣言する。
「承知している！ だから、ここで永遠に眠ってもらう！」
所定の位置についた四人は、気力と魔力を高めて、封印の呪文を唱え始めた。
「精霊アーダの名の下に！」
「我ら四人の魂を一つに集めて！」
「天空の神エドラと大地の神ロヴィーサの力を借りて！」
「風の魔王バルタサールよ、永劫の時の中で眠れ！」
その瞬間。
緑色の怪物は玉座ごと、白い光に包まれた。
「ここが本当に封印の洞窟なのよね？」
「間違いない。先祖代々の伝承通りだ」
「わかったわ。なら道案内は任せて」
「頼む。中のマップは伝わってないからな」
真っ暗な岩穴に入ったのは、青い全身鎧の男と、白い魔導師服の女。後ろから仲間たちも続く。
一本道ではなく、内部は複雑に入り組んでいた。魔導師姿の女が、手にした松明で、行くべき通路を示す。
「こっちよ」
やがて彼らは、迷うことなく目的地に辿り着いた。
「ほら、言い伝えの通りだ！」
満面の笑みを浮かべる男の前には、アメジストのような塊。紫色の水晶の中には、愛用の玉座ごと固められた、魔王バルタサールの姿があった。
封印の水晶に閉じ込められて三千年。
朦朧として思考能力は低下しているが、眠っているわけではなかった。だから今、魔王バルタサールは理解していた。
初めて来訪者が現れたことを。
彼らが水晶に特殊な力を注ぎ込んでいることを。
そして。
長い年月を経て、ついに封印が破られる！
洞窟全体が暗青色に輝き、復活する魔王バルタサール。
「お前たちは……？」
その場の面々を見渡し、何者かと尋ねた。
だが目の前の男は、質問には答えず、右手を差し出してくる。人間の挨拶である握手みたいに。
「史上最大の魔王軍へようこそ。あんたが53万人目だ」
「53万？ たったの53万で史上最大とは！ 余の時代は……」
魔王バルタサールは嘲り笑う。
自分の配下は百万だったか、千万だったか。思い返す間に、女の方が会話に割り込んできた。
「勘違いしないで。ただの53万人じゃないわ。魔王が53万人なのよ」
「……はあ？」
かつての威厳も忘れて、間抜けな声を上げてしまう。それほど意味不明な言葉だった。
すかさず、青鎧の男が補足する。
「そう、俺たちは全員が魔王。それが全部で53万人だ。凄いだろ？」
「だから言ったでしょ。『史上最大の魔王軍』って」
「俺は勇者魔王。あんたを封印した
勇者の末裔ならば、魔王どころか単なる人間ではないか！
バルタサールがツッコミを口にするより早く、今度は女が名乗る。
「占い魔王よ。大魔導師っぽい格好だけど、魔法は使えないの。でも占いは超一流よ」
「こいつの占いは凄いぜ。ここまで迷わず来れたのも、占いのおかげだからな」
魔導師ですらないのか！
彼らが魔法の灯りではなく松明を手にしていることに、今頃バルタサールは気づいた。
「それと、彼が……」
ただの占い師と判明した女が、残りの仲間を紹介する。
「……無口魔王。種族は
茶色い岩の塊が、ぺこりとお辞儀する。
「あと、一番後ろがスライム魔王。見ての通りスライムよ」
紹介されて嬉しいらしく、柔らかそうな水色が、ポヨンポヨン飛び跳ねる。
かつての魔王軍にもスライム族はいたが、どこが目でどこが口なのかわからず、会話もままならなかった。そもそもバルタサールの記憶では、水色のスライムは、スライム系モンスターの中でも最下級。それが『魔王』を名乗るとは……。
「余は、風の魔王バルタサール……」
呆れながらも、その場の流れで名乗り始める。だが最後まで言わせてもらえなかった。
「ダメよ、それ」
「ごめんな。『風の魔王』は、もういるから……」
「あなたの名前、多数決で『古代魔王』に決まったの。私は『昔の魔王』に一票入れたんだけど……」
「俺たちは民主主義。だから勇者軍とも、平和に戦っていけるのさ」
バルタサールを前にして、キャッキャと騒ぐ二人。
「なんということだ……」
せっかく復活したのに、世の中は大きく変わってしまった。
53万の魔王軍は、自称魔王の寄せ集めに過ぎぬ。真っ当なモンスターがどれだけ含まれているかも怪しい……。
事情を察して。
本物の、ただし時代遅れの魔王であるバルタサールの口から、嘆きの言葉が飛び出した。
「……ダメだ、こりゃ」
