君を忘れない

文字数 921文字

 若い男が入ってきた。お一人様だったからカウンター席に案内したが、テーブル席がいいと言うので、4人掛けの席に案内した。この時間は客も少ないからご自由にしてくれて構わない。
 「ご注文がお決まりになりましたら」呼んでくれと言いかけたところで、大皿のポテトフライとドリンクバーを4つ、と頼まれた。
 ドリンクバー4つ?新しいな、と思いながらもおかわり自由だから1つで大丈夫なんだぞと伝えた。が、男は迷惑そうな顔をして伏目がちに「いいの」と言った。店としても有り難いだろうし、いいんならいいさと注文を送信した。キッチンに戻りがてら、下げ物を片しているとき男の方を見ると、バックから何かを取り出しながら独り言をつぶやいていた。
 
 出来上がったポテトフライをトレーに乗っけて、男の席に向かう。遠目にコップが4つ、4人分の間隔で置かれているのが見えた。
 「お待たせ致しまし…た。」テーブルに皿を置こうとして少し混乱した。それぞれのコップの脇に小さめの写真立てが置いてあった。思わず二度見してしまったが、写真には男と同年代の男達の顔。椅子を背にして、まるでそこに座っているかのように置かれていた。
 「あどーも」さっき、いいのと言ったときと違って、ご機嫌などーもが返ってきてまた少し混乱した。
 「あいつらヤバイよね!点滴で興奮剤投与しながらレコーディングしたんでしょっ!本物のハードロックだよね、やっぱ!」まるで俺がそこにいないかのごとく、遠慮なく大きめの独り言を言っている。なんなんだ、こいつは。
 「そうそう!」一人の写真立てに向かって指を差して男は笑った。
 そうそう?今のは、相づちなのか?ひとりで写真と会話してんのかよ?そもそもなんなんだよ、その写真。死に別れた友達とかか?4人でドライブ中に事故に遭ってお前だけ生き残ったりした(パターン)とか?まさかだろ。いったいなんなんだよ!
 うんうん、と頷いて誰かに相づちを打っていた男が「ねー」と何か納得したところで、俺は我に帰り、レジに向かった。頭のどこか…心のどこかが重くなった。
 
 レジの下で、周りに見えないようにスマホをとりだす。アプリの中のいちばん下のフォルダを開いた。そのまま、懐かしい写真を見つめていた。
 
 
 
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