隣のバイブル

文字数 1,143文字

 職場の休憩室で、最後のドーナツを同僚に譲ってしまった。差し入れのクリスピー・クリーム・ドーナツ。痩せ我慢だと思われたくないから、余裕の笑みを浮かべて私はスマホに戻る。ドーナツを頬張る同僚の顔は絶対見ない。いや見られない。そのとき隣でバイブルが言った。
 「受けるより与えるほうが幸いです」
 ああそうですか。

 電車を降りる時、男がぶつかってきて私は派手によろけた。絶対わざとだろ? ぶつけ返してやろうか? そのとき隣でバイブルが言った。
 「悪をもって悪に報いないように気をつけなさい」
 「あなたの敵を愛しなさい」
 「右の頬を打つ者には、左の頬も……」
 いやそれは無理。
 私はその男の背中を見ないようにして、改札に向かった。バイブルはしばしば説教臭い。優等生みたいだ。それも学級委員でもやっていそうな。

 バイブルはいつも隣にいて、事あるごとに話しかけてくる。
 「あすのことはあすが心配します」
 「さばいてはいけません」
 「狭い門から入りなさい」
 いちいちタイミングが良くて、ちょっと鬱陶しい。

 そんなバイブルに心底嫌気が差したのは、私の教会が解散した時だ。長年仕えた教会があっさりなくなり、私は行き場を失った。どう生きるべきか分からなくなった。
 「できるだけあんたに従ってきたのに、なんでこんな目に遭うんだよ?」
 「……」
 大事な時にバイブルは答えない。こんちくしょう。私は教会に行かなくなり、祈らなくなった。聖書は本棚の一番目立たない一角に追いやった。それ以来、バイブルは話しかけてこない。そのうち存在自体を忘れた。

 職場の休憩室で、最後のドーナツを同僚に譲る。小さな恩でも売っておけば、いつか有利に働くかもしれないからだ。「情けは人のためならず」とはよく言ったもの。
 教会と関係のない経験を色々した。キリスト教と関係のない本を沢山読んだ。数多くの風景と言葉が頭の中に蓄積された。聖書の言葉は隅に追いやられ、それがあったことさえ忘れた。

 ある日、友人に誘われて教会の礼拝に行った。最後に「主の祈り」を歌う。教会で仕えていた頃、大好きだった曲だ。前奏を聞きながら、十年くらい経っているのに歌詞も旋律もちゃんと覚えていることに気が付いた。思わず声を上げて歌っていた。「国と力、栄えは……」歌いながら、胸が締め付けられる。なんだこれ。
 頌栄が終わってパイプ椅子に座ると、隣でバイブルが言った。
 「平安があなたにあるように」
 イエスと弟子たちが朝食を取る、あの湖畔の風景が胸のうちに広がる。朝の日差し。魚の焼ける匂い。イエスの笑顔。私は全部覚えている。
 「いきなりなんだよ、今までどこにいたんだよ?」私はバイブルに言う。
 「世の終わりまで、あなたとともにいます」
 こんちくしょう。私は顔を伏せた。
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