審問(新版)

文字数 2,636文字

量子頭脳に人格転移(マインドアップローディング)してから
ずいぶんと歳月が()つのだが、
現実世界にいる分離個体(アバター)との往復時には、
今でも時々違和感を覚える。

白一色だった仮想空間に、風景が現れてきた。
歴史のありそうな古城の観望台(バルコニー)で、
夜空にかかる大きな月が、
緑豊かな湖畔の街を綺麗に照らしている。




そこには一人の、少女の姿をした天使が座っていた。
しかし、翼の羽毛(はね)は黒い。
幼さを残す愛らしい顔立ちに、
少し悲しげな表情を浮かべている。
旧帝国の〝四大中枢種族〟のひとつ、
〝啓示の王〟の映像体(アバター)だ。

彼女は言った。 『皮肉なものだな。
偉大な帝国を築いた我等軍事種族が国を滅ぼし、
発展途上種族の支援にあたっていた
君達のような民生種族が、
臣民達を危機から救うとは……。
未熟な者達をどう手なずけた?』




『いえ、私達はむしろ彼女達から学んだのです。
惑星段階(レベル)の自然限界や社会統合に至った文明は、
資源枯渇・環境悪化、経済・社会活動の複雑化、
腐敗・衆愚化など社会的含む健康水準の低下、
政策の広域化と分権化の必要性といった、
様々な課題に直面します』

『旧帝国では多くの先進種族が、
恒星密度が高い銀河系の中央部で、
恒星間航行技術の開発などの幸運に恵まれ、
他星系での植民地開拓・戦争や、
その過程における人々や制度の淘汰によって、
それらの問題を〝解決〟してきました』




『しかし、途上種族ではそれができません。
彼女達が文明を発展させ続けるためには、
生きるうえで必要な資源(もの)の生産と配分だけでなく、
作って分ける人間(ひと)自身の向上と活用も含め、
より少ない犠牲や費用(コスト)危険(リスク)で実現しうる、
新たな技術と政策が必要でした』




『そこで初めて、私達は気づいたのです。
銀河系の統一を成し遂げた帝国全体もまた、
まさに同じ状況に至ったのだということを……。
それを教えてくれたのは、彼女達の方でした』

『私は彼女達が開拓や戦争で淘汰されずとも、
医療や教育で自らを高め、その能力を活かして、
より大きな共通利益を共に求め続けられるよう、
技術や政策による支援を行っただけです』




『しかし、帝国各地の軍事種族達が
勝手に争い始めるのを未然に防いで、
貴方達をお救いすることまではできず、
誠に申し訳ありません』

『いや、我等の力不足で、
連中を抑えることができなかったのだ。
側近種族が〝先帝〟種族の権威を奪い合い、
帝国内の覇権を競っているうちに、
自らもまた傘下(さんか)の種族に引きずられて
大戦争を起こすことになってしまった。
それが原因で〝先帝〟の滅亡や帝国の崩壊を
招いたことは、実にすまないと思っている』




『ご安心ください、新国家では
かつてのような種族絶滅処分はありません。
被害種族への賠償や、戦闘特化型人格の治療、
危険な軍事技術の禁止が主な内容です』

『戦争犯罪に関与された方々には、
被害の疑似体験などの更生計画が実施されますが、
そうでない方々には、可能な限り速やかな、
星間社会復帰のための支援が行われるでしょう』




『特に皆様の種族は、非戦闘種族の被害を抑え、
好戦的あるいは利己的な軍事種族の間だけに
戦火を抑えようと努められていたことが、
調査によって判明しておりますので……』

『ああ、すみません……申し遅れましたが、
情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)に関する資料もあります。
戦前から私達をご指導くださった
〝先帝〟種族の移住者・亡命者の方々や、
戦後に私達が地球で発見してお救いした方々も、
当時の複雑困難な事情について証言し、
〝啓示の王〟には苦労をかけてすまなかったと
述べられているのです』




天使は、悔しさと喜びが入り混じった表情を浮かべた。
『そうか。 かつての覇気(はき)を保ち、
国難を救える方々を、我等も探し求めていたのだが、
やはり君達のところに……。
道理(どうり)で行政種族だけでなく穏健派軍事種族、
産業・技術種族や発展途上種族、さらには
銀河系外周の種族までもが協力して
戦火を平定し、秩序を回復できたわけだ』

『でもそのことは、
貴方も想定されていたのでしょう?
だからこそ、ご自身の万が一の場合も考えて、
保護下にあった〝先帝〟人格群が宿る量子頭脳を、
最大の敵であるはずの、私達新帝国の勢力圏に
秘匿(ひとく)され続けていたのでは?』

天使はわずかに目を見開いて、問い返した。
『ああ、地球の件か。
あれは〝慈愛の王〟の仕業(しわざ)と聞くが?』




私は理解と共感を示しながら、穏やかに答えた。
『私達は、貴方が他の大種族を誘導する力も、
お持ちだったのかもしれないと考えています』

確かに〝啓示の王〟は、量子人格化種族の決定に
干渉できる不正演算指示(ウイルスプログラム)の技術を持っていた。
しかし、それを使える機会は限られ、
使う時も帝国の利益を考えて用いていたようだ。
そこで私は、他の戦犯種族が〝慈愛の王〟に
全責任を押し付けたりしないよう、話題を変えた。

『太陽系の第三惑星すなわち〝地球〟は、
いわば私達の(いと)し子ともいうべき、
最も有望な途上種族だった人類の母星ですからね。
貴方が人類の描く〝天使〟の姿をとられているのも、
今や立派な先進種族へと成長した彼女達への
敬意の表れかとお察しします』




天使は(わず)かな間、遠い目をした後に、
微笑みながら私を見つめて、言った。
『我等が単なる暴政者の集団ではなく、
自ら招いたとはいえ、厳しい状況のもとで
星間国家を維持しようと努力していたことも、
理解していただけると有難い』

この会話は、量子人格化(マインドアップロード)した種族の
代表者間における会見という形式をとっているが、
それはあくまで要約記録にすぎない。
両種族の量子頭脳網に形作られた集合人格同士では、
会話と連動して、事実調査と戦後処理につき、
膨大な情報が交換されていた。




『現実にはこの通り、我等の方が堕天してしまったがな。
君達が若き種族達の文明化のために与えた神話では、
〝先帝〟種族を()した神を助ける、
守護者の原型(モデル)にしてもらったというのに……。
まあいずれまた、新たな国家において貢献し、
捲土重来(けんどちょうらい)を期することとしよう。
では、後のことはよろしく頼むぞ
……新皇帝種族サタン』

『帝国はこれから民主制に移行する予定ですが、
それを行う〝最後の皇帝〟種族として、
理事種族達と共に最善を尽くす所存(しょぞん)です。
今回の審問の内容は、他の調査結果と合わせて、
軍事法廷における公判の資料とさせていただきます。
ご協力に感謝します、お疲れさまでした』




審問が終わると、
かつて多くの種族の神話において
〝大天使〟と呼ばれた種族の映像体(アバター)は、
美しい夜景と共に消えていった。

現実世界に戻りつつ、いつものように私は願った。
今度こそ新たな技術と政策で、
〝先帝〟の願った〝全種族のための文明発展〟が
実現できますように、と……。


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