第1話

文字数 1,038文字

地面に落ちていたちり紙を指でつまみ、ゴミ箱に向かって放り投げる。
頼りない放物線を描いたそれは、ゴミ箱の縁に当たって、音も立てず落ちていった。
ナイスシュート。
小さく呟いて、私は重い腰を持ち上げた。

部屋の掃除を始めてから、もう二年は経っている。毎週土曜日は掃除の日。きちんとやっているはずなのに、なぜか一向に部屋は片付かない。捨てても捨てても、いるのかいらないのかわからない、たくさんの物で私の部屋は溢れている。

部屋の隅に積み上げられているのは、雑貨屋さんで衝動買いした猫のジグソーパズルに、リメイクされた懐かしいゲームソフト。部屋をきれいにしたらやるんだと思って、これまた二年以上。開封すらされずに埃をかぶっている。
今日の予定は、このジグソーパズルを組み立てて飾ることだった。でも、今日は辞めだ。一日くらい、サボったっていい。どうせ何も変わらないのだから。

狭苦しい部屋の真ん中に座る。私の手には、缶チューハイ。テレビのCMに映る綺麗な人が手に持っていたものと同じパッケージ。
お酒はほとんど飲まない主義だ。理由は簡単。アルコール独特の苦みが、お子様舌の私には合わないから。でも、今日はなぜか飲みたい気分だった。
缶のプルタブを開けて、ゴクリと喉を通す。やっぱりお酒は苦手だ。甘くて、苦い。
半分ほど飲み干すと、アルコールのせいか、頭の中がふわふわと軽くなるような心地になってきた。こころなしか、汚い部屋もいつもより綺麗に見えるような気がしてくる。

昔の私は、部屋を綺麗に片付けていた。
買ったゲームはちゃんと最後までクリアしたし、パズルだって完成できないなんてことはなかった。
忙しない日々が、私を追い込んでダメにした。
本当に、そうなのだろうか。
テレビに映る綺麗なあの人も、私のようにぐちゃぐちゃの部屋で溺れているのだろうか。
そうかもしれない。でも、きっとそうじゃない気がする。
缶から口を離し、パッケージをじっと見つめる。淡いピンクの色は、可愛くて好きだ。

これを飲んだら、ちゃんと部屋を片付ける。
そして、ジグソーパズルを玄関にかけて、大好きだったあのゲームも、もう一度クリアする。
だからあと少しだけ、六畳半の狭いワンルームで溺れさせてほしい。

引き出しの取っ手にかけてある、だらしないビニール袋目掛けて、飲み干した缶を投げる。
カン、カラン。
耳障りな音を立てて、缶は袋の中に吸い込まれていった。
ナイスシュート。
やればできるじゃん。
目の端に涙が滲んで、思い出した。そうだ。私、泣き上戸だったんだ。
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