最終話 ドーナツ屋さんでのお話
文字数 1,504文字
返事はどうすればいいのだろう、と迷っている私の所に、怖いぐらいに真剣な表情で藤崎君が現れた。ちょっと機嫌が悪そうだな……。
「仕事帰りに、ドーナツでも食べませんか?」
おいおい、表情と言葉が全然一致していないぞ。
「いいけど、あそこは会社から近いし……」
「そんな事は気にしません」
私は気にするんですッ。
まっ、いいか。
思えば、ここのドーナツ屋さんに来るのは何年ぶりだろう。
前回のように藤崎君が先に来ているかと思ったけど、今日はまだ来ていないのか……。
「遅くなってしまって、すみません」
あれっ、さっきと違って、いつも通りの穏やかな表情になってる。
「私も今来たところだから」
藤崎君はチョコレートの付いたドーナツ。私はごく普通のドーナツ、でいいや。
「私が返事しないとだよね……」
藤崎君はカフェオレの入ったカップをもてあそぶように両手で包み、少し笑った。
「正直、高塚さんの話を聞いてから、夜も眠れなかった……」
「そうなんだ……」
「自分がよくわからなかった。本当なら高塚さんが過去に受けた傷の痛みを分かってあげないといけないのに……。高塚さんを責 めてしまうような気持ちでいっぱいになってしまって……。自分が情けない。本当に情けない……」
「そんな……、気にしないで……」
やっぱり無理だよね。あんな出来事を聞かされちゃ。
「ただ苦しくて、辛くて、自分がこんなに嫉妬 する人間だとは思わなかった」
「藤崎君も嫉妬 するんだ……」
「僕もしますよ……、高塚さんだから」
何だか嬉しい。辛い思いをさせたのに。今の私には、これで十分よ……。
「でも……」
「でも?」
「僕の気持ちは変わっていません」
「えっ?」
「僕と……、僕と、付き合ってください」
やっぱり俺は君が好きだ。
好きだから辛かった。
でももう迷わない。
これが俺の正直な気持ちだ。
「えっ……」
嬉しさや、感動より何ていうのかな、そう、驚き。驚きだ。私の過去の話を私自身から聞かされて、辛い思いをして、なおも突き進んできたの? この人、凄い……。
あっ、感心している場合では無い、返事しなきゃ。
「いいわよ」
なによ、私のこの偉そうな態度。でも藤崎君うれしそう。こんな私に、そんなに喜んでくれるんだ。
「高塚さんの誕生日には、食事に行きましょう」
「いいけど、食事の後は家に帰るからね」
「うっ……」
あっ、ごめん、余計なこと言っちゃったみたい。ちょっと顔が引きつってる。
「い、いいですよ。これからずっーと会えるから大丈夫です」
過去の出来事から辛い感情が薄れ、単なる「思い出」になっていくような感じがする。
それは藤崎君が私の辛い感情を受け止め、代わりに消化してくれたおかげ。そして何よりも私に恋をしてくれたおかげ。
「その丁寧語も、もうやめて欲しいな。それと私は翔子 」
「名前は知ってますよ」
「そうじゃない、翔子 と呼んでね。あと、その丁寧語も」
「あっ、そっか。じゃあ僕は孝志 と呼んでください、じゃなく、呼んで……ね」
「これから、よろしくね。孝志 」
「こちらこそ、翔子 さん」
あなただけ「さん」付けだと私が歳上みたいじゃない。同い歳でしょ。
大恋愛じゃないけど、程よい恋が心地いい。これから女子会に行ったときには、あなたの愚痴をこぼしたりするんだろうな。何年か経ってトキメキが安らぎになる頃には、口の周りにチョコレートを付けてドーナツを頬張 っているあなたに、腹を立てたりするのかもね。
でも恋をしてもらえるこの幸せを今は噛みしめていたい。
何があっても、あなたが恋してくれたことは忘れない。
私に恋をしてくれて、ありがとう。
【完】
「仕事帰りに、ドーナツでも食べませんか?」
おいおい、表情と言葉が全然一致していないぞ。
「いいけど、あそこは会社から近いし……」
「そんな事は気にしません」
私は気にするんですッ。
まっ、いいか。
思えば、ここのドーナツ屋さんに来るのは何年ぶりだろう。
前回のように藤崎君が先に来ているかと思ったけど、今日はまだ来ていないのか……。
「遅くなってしまって、すみません」
あれっ、さっきと違って、いつも通りの穏やかな表情になってる。
「私も今来たところだから」
藤崎君はチョコレートの付いたドーナツ。私はごく普通のドーナツ、でいいや。
「私が返事しないとだよね……」
藤崎君はカフェオレの入ったカップをもてあそぶように両手で包み、少し笑った。
「正直、高塚さんの話を聞いてから、夜も眠れなかった……」
「そうなんだ……」
「自分がよくわからなかった。本当なら高塚さんが過去に受けた傷の痛みを分かってあげないといけないのに……。高塚さんを
「そんな……、気にしないで……」
やっぱり無理だよね。あんな出来事を聞かされちゃ。
「ただ苦しくて、辛くて、自分がこんなに
「藤崎君も
「僕もしますよ……、高塚さんだから」
何だか嬉しい。辛い思いをさせたのに。今の私には、これで十分よ……。
「でも……」
「でも?」
「僕の気持ちは変わっていません」
「えっ?」
「僕と……、僕と、付き合ってください」
やっぱり俺は君が好きだ。
好きだから辛かった。
でももう迷わない。
これが俺の正直な気持ちだ。
「えっ……」
嬉しさや、感動より何ていうのかな、そう、驚き。驚きだ。私の過去の話を私自身から聞かされて、辛い思いをして、なおも突き進んできたの? この人、凄い……。
あっ、感心している場合では無い、返事しなきゃ。
「いいわよ」
なによ、私のこの偉そうな態度。でも藤崎君うれしそう。こんな私に、そんなに喜んでくれるんだ。
「高塚さんの誕生日には、食事に行きましょう」
「いいけど、食事の後は家に帰るからね」
「うっ……」
あっ、ごめん、余計なこと言っちゃったみたい。ちょっと顔が引きつってる。
「い、いいですよ。これからずっーと会えるから大丈夫です」
過去の出来事から辛い感情が薄れ、単なる「思い出」になっていくような感じがする。
それは藤崎君が私の辛い感情を受け止め、代わりに消化してくれたおかげ。そして何よりも私に恋をしてくれたおかげ。
「その丁寧語も、もうやめて欲しいな。それと私は
「名前は知ってますよ」
「そうじゃない、
「あっ、そっか。じゃあ僕は
「これから、よろしくね。
「こちらこそ、
あなただけ「さん」付けだと私が歳上みたいじゃない。同い歳でしょ。
大恋愛じゃないけど、程よい恋が心地いい。これから女子会に行ったときには、あなたの愚痴をこぼしたりするんだろうな。何年か経ってトキメキが安らぎになる頃には、口の周りにチョコレートを付けてドーナツを
でも恋をしてもらえるこの幸せを今は噛みしめていたい。
何があっても、あなたが恋してくれたことは忘れない。
私に恋をしてくれて、ありがとう。
【完】