第1話

文字数 1,130文字

 小説も映画も、シンプルなものはわたしには退屈なだけである。たとえ表面がシンプルだとして、幾層にも上質なレイヤーが仕込まれた重層的なものならいいが、でなければ鼻で笑ってしまう。また、レイヤー少な目でも深いことを表現できている作品なら感動するが、浅薄(せんぱく)なら冒頭で気づいてうんざりしてしまう。
 そしてもちろん、独創性こそが最上のごちそうだ。
 真実な瞬間、思いがけない発見……

 そんなわたしも、こと大学に関しては単純で病的な嗜好をもっている。なんのことはない、偏差値表をながめるのが大好きなのだ。しょっちゅう予備校のサイトで偏差値ページを開いては素朴な喜びを味わっている。偏差値を確認したうえで各大学のホームページなども開き、キャンパスのたたずまいやゼミの風景をうっとりとながめて飽きない。偏差値の高い大学も低い大学も偏差値を反映して見ていると、それぞれに単純な想念をわたしの頭から繰り出して、まことに快楽のいたりである。
 初対面の人間にわたしの出身大学名を訊かれたりするとエクスタシーに達する。どんな場合でもどんな相手でも、わたしは大学名を訊いてくれるように仕向けるし、まったく脈絡なく自分から言い出すこともしばしばだ。わたしにとって「エクスタシー」とはドラッグの呼び名ではなく、その名称の由来となった上質なセックスですらなく、出身大学名を他人(ひと)に聞かせることを指す。
 わたしにとっては、アレを見て「大きい」とため息と驚天動地の表情で云われるよりも「上手」と云われるよりも「もっともっと、ああいい、大好き愛してる」が聞こえて自分は人殺しのような目をして息は女の短い喘ぎとは逆に自然とディープに黄泉の国を引きよせるロングで腰の動きは無人自動運転のような、永遠を超えたあの深淵の一瞬よりも、大学名を聞いただけで「すごい」と云われることが本質的な評価だし深刻なまでに重大な意味を有するのである。
 わたしに作用する引力は地球の中心には向かっていない。出身大学名に向かっている。国のパワー・エリートはもちろん、偉大な作家も99%わたしの大学を出ている。
 寝苦しい夏の夜も、氷などというモダンなものではなく、大学名をそっと口に含むだけで甘美な夢へと誘われる……

 まともな人間は偏差値に興味をもたないし、大学がどこだからという理由で人間の質が決定されるものでないことを知っている。
 わたしはダメな人間なのだ。

 とはいえ、2050年に大学入試偏差値というものがなくなっていたとしても、そのことを原因としてわたしが死亡することはない。
 また、大学そのものが存在しなくなったとして、そういう未来こそわたしにも興味深いのである。
 そんなところもまた、エリート大学出身故(ゆえ)の、わたしの(さが)だろう。
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