第1話

文字数 1,999文字

 朝起きると、夜のままだった。
 いつも通り、朝ランのために目覚ましを鳴らして、カーテンを開けた。そしたら、外は真っ暗だったのだ。
 目覚まし間違えた?スマホを見ると、6時5分。4月のこの時期、いつもなら、日が出ている時間だ。窓を開けて手を差し出してみる。雨は降っていない。
 なんか変だ。今日は朝ランやめとこうか。でも、ダイエットするって決めたし、今週末は合コンだし…。まあ、暗くても走れるか。ウェアに着替えて、外に出た。
 外は夜みたいに暗い。街灯はついたままだ。空を見上げると、星が出ている。もう一度スマホを確認するけれど、やはり、朝の6時だ。変なこともあるもんだな。こういうのも異常気象なのかな。
 いつもの川沿いの道を走り出した。いつもと違って、人通りはない。
 しんと静かで、空気が冷たい。ほおが芯までひんやりとしていく。身体が清められるみたいで、心地いい。少しペースを上げようとしたとき、河原から声が聞こえた。
「どうしよう」
 子どもの泣く声だ。何事かと思って声の方向に目をこらす。暗くてよく見えない。
「どうしたらいいんやろ」
 声の聞こえる方向に降りてみると、子どもが一人で泣いていた。
「もう時間があらへんし」
 関西弁で、朝6時に、河原で泣いている子ども。何かがあったとしか思えない。
「どうしたの?こんなとこで一人で」
 子どもはぱっと顔を上げて、わたしの顔を見た。暗がりでも、顔立ちが整っていることがわかる。くりっと丸い目、眉はふんわり、髪の毛はさらさら。真っ黒の長袖に真っ黒のズボン。男の子にも見えるし、女の子にも見える。6才くらいだろうか。とにかくあまりのきれいさに、みとれてしまった。
「大事なもん、なくしてん。それないと、帰れへん。ないままやと怒られてしまうねん」
 子どもは、似合わない関西弁で早口に答えた。
「お家の人は?お家近いの?」
「西のほう」
 子どもはたしかに西のほうを指差した。関西から引っ越してきて、このへんに住んでるのかな?何があったのかつかめないけど、そのまま帰ると怒られるなんて聞いたら放っておけない。
「一緒に探してあげる。何をなくしたの?」
「こんな、四角くて、ひらひらしたやつ」
 子どもは指で小さな四角を示した。
「四角くてひらひら?ハンカチ?」
 子どもは首をかしげて、「ハンカチってなに?」と聞いた。
「ハンカチって、四角くてひらひらしたやつよ」
 ハンカチを知らないことに驚いて、言葉を繰り返してしまった。
「じゃあそれ」
 子どもの返答はぎこちない。でも、この年ごろだとそんなものかも。
「この辺でなくしたの?」
 子どもがうなずくので、あたりを見回した。子どもの座っている近くの草をかきわけてみたけれど、それらしいのはない。近くを見て探すけれど、見当たらない。暗くてよく見えないので、スマホを取り出してライトを付けた。子どもはそれを見て、「それ、あさ?」と聞いた。
 あさってなんだろうと思いながら、「え、スマホだよ、スマホのライト」と答えた。
「なんだろ、それ。でも、それ、いいな、貸して」
 子どもはスマホをわたしの手から取って、川面を照らした。すると、川面の一部が、さーっと光り出した。さっき子どもが示したくらいの大きさで、ゆらゆら白く光っている。
「あった!」
 子どもはスマホをわたしに押し返すと、川に向かって走り出した。
 あぶない!と思ってあとを追ったけれど、もう子どもは川に入っていた。いや、川面にゆらゆら浮かんでいた。
 驚いて何も言えず見つめていると、子どもは川面の光るものを取り上げた。たしかに、四角くて、ひらひらしている。
「あちゃ、濡れてる」
 子どもはそう言ってぎゅっと絞った。絞ってしたたっているのは水ではない。きらきらと光の粒がこぼれ落ちている。
 子どもはそれを広げると、角を持ってひるがえした。すると、それはどんどん大きくなっていき、大きな光の粒がちらばる。
「よかったぁ、これでうちに帰れる。ありがとう」
 子どもは光をまとって、川面から高く昇っていく。
「あなたはいったいなんなの?それはなに?」
 あっけにとられて開いたままだった口が、やっと動いた。
「ぼく?ぼくは夜やで。これは、朝を呼ぶもの」
 答える子どもの姿は、まぶしくてもう見えない。あたりが真っ白になって、思わず目をつぶった。
 目を開けると、もう子どもはいなくなっていた。あたりは明るくなっていて、東の空には太陽の光が満ちている。わたし、寝ぼけてたのかな。
 いや、たしかに聞いた。
「ぼくは夜やで。これは、朝を呼ぶもの」
 夜が朝を呼んでるの?
 あたりを見回すと、いつもと変わらない朝の風景だ。犬を散歩する人、ゴミを出しに行く人。わたし以外だれも見てなかったのかな。もう走る気になれなくて、朝の光を見ながら歩いて帰ることにした。
 たしかに、日は西に沈むけど。だからって関西弁?なんでやろ、と心のなかでつぶやいた。
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