第2話 旋律

文字数 1,392文字

「李枝さん、聞きました?」
「あれでしょ?うちのビルであったやつ。気味が悪いわね」
「ほんっとそうですよね。人の勝手だけど、もう少し場所や時間を考えないんでしょうかね」
「こらこら、あんまり悪口言うものじゃないわよ。こういうことは」
「あ、いけない」
勤務を終えた女性社員が二人、ひそひそとロッカーで談笑している。

昨日早朝、作業中の清掃員が首吊り死体を発見した。首をくくるロープは7階建てビル3階の窓から垂れており、遺体は宙づりになっていた。すぐに警察による調査が始まった。
「遺体の身元は、このビルに勤める会社員、追間(おいま)(しょう)24歳。死因は、頸動脈圧迫による、脳梗塞」
1週間前に配属された新任刑事は、自身の発言に問題がないかを細かく確認しながら、遺体のデータを報告した。
「首吊りか」
璃々田(りりだ)耕地(こうじ)巡査部長はその報告に耳を傾けながら、忙しそうに手帳にメモをとっている。部下の報告にも端的に反応を返した。
「また過労死でしょうか」
「奴さんは死ぬほど働いていたのか」
「今、棟梁(とうりょう)巡査と副枚(ふくひら)巡査が、顔見知りの社員に聞き込みをしています」
「じゃあ分からん」
「現場からは遺書が見つかったそうです」
「そうか」
璃々田はメモを書き終えたのか、表紙が薄い手帳のびっしり文字が詰まったページを、安いクリップ付きボールペンでトト、と叩いた。
遺体がぶら下がっていた窓はビル向かいの道路に面しており、トイレの換気用であった。横に引くタイプでガラスは2枚あり、人が乗り出して外に出るには十分な大きさがある。
「いつも誰かが勝手に開けてるんですよ窓、だから開けっぱなしは変じゃないんですけどね」
毎日現場のトイレを担当している清掃員の女性は、まだ少し動揺しながらも、落ち着いて答えている。
「あのときは、まあ! ロープが! と思って、それで、こういうご時世ですからね、私も薄々事情を察したと言いますか、もうなんだかすごく動揺してしまって......」
「それで、窓の外を確認なさったんですね」
新任波子木(はしぎ)巡査は自らの職務を全うしつつあった。
それに応えるように、女性はもうすっかり乾ききった口元で言葉をつなぐ。
「いいえ、それが、一旦外に出たんです。でもすぐに寒気がしてきて、もう一回見ました。そしたらそのロープ、揺れてたんですよ!」
「トイレの外から戻ってきたら、ロープが揺れていたんですね? でも、その前は揺れていなかったと」
「はい、びっくりしましたよ。ますます嫌な感じで。それで観念して窓の下を見たら、おられたんですよ、男の方が」
「首を吊っていたんですね」
「ええ。すぐ目を逸らしてしまったのですけど、その、頭ががっくりと倒れて、頬がふくらんでいたと思います」
「なるほど」
「本当にその、まさかこういうことがあるとは思いませんでしたので......」
「心中お察しいたします。ご協力、感謝いたし」
「あ! あらら、地震?」
そう言いながら女性は地面に崩れ込んだ。突然、強い揺れが起こった。刑事たちがやっと立っていられるほどの地震だった。この揺れはすぐに収まった。幸い周囲の建物は無事で、けが人や死傷者も出なかった。

「不祥事っていうアレですよね」
「その不祥事の後始末は私たちの仕事なのよね。面倒ね」
「警察が聞き込みに回ってる時に地震も起きたらしいですよ」
「それはもう怪奇現象じゃない。そうよ、何かのタタリよ」
「うーわ、最悪」
二人の会話は、遮られることなく続いた。
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