第1話

文字数 1,365文字

 陰キャの希空にとっては、2020年以降はイージーだった。引きこもりも自粛という言葉に変わり、美容意識が低くてもマスクで誤魔化せる。そもそも外出しなくていい。

 食事もぼっちでいいのでありがたい。むしろ黙食を推奨され、希空は嬉しかった。

 学校の昼休みも、みんな陰キャみたいに食事しているのを見ると、面白い。

「15分以内で食べましょう」

 先生もそう言うので、希空はろくに噛まずに食べるようになった。

 それに、マスクをしていない子などをナチュラルに見下せるから嬉しい。ヤンキーがノーマスクだったら、別に目も合わせずスルーするが。

 SNSでは反ワクチンや陰謀論者を叩き「はい、論破!」とやっている。こうしているとケーキやチョコを食べている時みたいに脳に幸福物質が溢れた。

 希空は何の取り柄もない。それでも自意識や認証欲求もある。才能豊かな人や運動神経がいい人、頭が良い人に憧れるが、自分を高める努力も面倒。今は本気出してないだけだって斜に構えて言い訳したい。努力したのに失敗した時を想像すると怖い。自分は無能という現実を直視するのも嫌だ。

 だったらSNSで「正義」の名の元、彼らを叩くのが一番簡単に幸福感が得られる。医者と一緒になって叩いていると、自分も頭よくなった気がする。希空は医者になれるような頭脳などなく、科学技術を開発したわけでもないが。「正義」はお手軽なポルノといったところだろうか。

 しかし、2023年。

 希空の幸福も長くは続かなかった。五類になり、クラスメイト達もマスクを外しはじめた。黙食も終了。ワクチンの薬害被害も報道され始めている。

 仕方ないので、久々にマスクを外してメイクでもしようと思ったが、鏡を見て愕然とした。

「なんか口元がボコボコしてるんだけど。まさか、毎日黙食で早食いしてたから……?」

 それに歯並びも少し悪くなった。頬もぶくっとし、首周りもしまりがない。口角も下がり、前と比べてブスになった事を自覚させられてしまった。

 なぜか昔より顔の欠点が気になって仕方ない。

 これは、どういう事か?

 そんな折、SNSでバカにしていた陰謀論者からコメントが届く。芸能人の不倫について熱心に叩いているところだった。

「メディアのこんな下らないニュースはなぜあるか知ってるか? あなたみたいな正義中毒者を作り出すためだ。『正義』の名の元で他人を叩いていると、だんだんと自分の至らなさも許せなくなり、メイク、美容整形、資格、ジム、英会話教室、結婚相談所、自己啓発等に金が流れるんだよ。だから企業はメディアに金を流す。今、あなたは歯列矯正したくなってないか。『正義』を自分を苦しめる毒にしてないか。これって頭おかしい陰謀論?」

 まるで今の希空の状態を見透かすコメント。怖くなってきた。

 そういえば、クラスメイトの美人は、人の悪口なんて言ってなかったし、希空のような陰キャにも話しかけていた事を思い出す。

 食事中も、いつも誰かと一緒にいて笑顔だった。よく噛み、ゆっくりと食べ物を味わっていた。もちろん、その口元も綺麗だ。

 あの子の隣で食事をする自分を想像すると、骨の髄まで陰キャだと思わされた。顔が真っ赤になる。

 とりあえずSNSを消そう。今日からはよく噛んで食べよう。綺麗になれるかはわからないが、下を向くのだけはやめておこう。
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