第5話 ダンゴムシとミミズに説教する聡

文字数 1,501文字

川のほとりまで来ると、ミミズたちも来ていた。手に小さなミニチュアのスプレーを持って臨戦態勢だ。

「ちょっと待った!!」
聡は手の中のダンゴムシたちを見せながら、ミミズに向かって叫んだ。
「こんなところでスプレーを撒いたら、川が汚染される。川の底の土にも影響する。川の水は地下水とつながって、遠くの海までつながっている。みんなみんな殺虫剤で汚染されるんですよ」
ミミズはちょっとひるんだが
「でも殺虫剤会社の人たちは、ターゲット、つまりダンゴムシが死ぬだけで、ほかには何の危険もないと言ったけど」
「それは大嘘だ!!」
聡は言って、ミミズのミニチュアスプレーのノズルをしっかり閉じた。

聡は川の上流にある殺虫剤会社の建物に視線を投げた。だいたい川の上流にそんな工場を建てるところからして、間違っている。

「ミミズさんたち、ダンゴムシさんも、そこの草の上に座って。よく聞きなさい。1962年に『沈黙の春』という本を出したレイチェル・カーソンさんは、自然も好きだったけど、子供の頃から作家になりたかったんだ。若い頃にいくつか賞をもらったからね」
ミミズとダンゴムシは雁首を揃えてふーんという感じで聞いていた。
「カーソンさんが少女の頃、1914年夏、第一次世界大戦が始まり、アメリカ合衆国も1917年に参戦した」
「そんな戦争中のこと、1917年、10歳のカーソンさんは、子供向け出版物に『大空の戦い』という物語を投稿し、銀賞をもらったんだ」
「戦争中に。それは戦意を高揚するかっこいい物語だったんでしょうねえ」
ミミズが目をキラキラさせて言った。
「ところが、そうじゃない」
と聡。
「カーソンさんは、お兄さんのロバートが航空隊に入っていたので、その兄から聞いた話が刺激になっていたんだ」
「そのお兄さんは、アメリカの撃墜王だったの?!」
三匹目のダンゴムシがワクワクしながら聞いた。
「それは分からないけどね、この物語は、ドイツ軍の対空砲火を浴びながらも必死に飛行機を操ったカナダ人兵士のことを書いたもので、その兵士の勇敢さを、敵ながらあっぱれと認めたドイツ軍が砲撃を止めて無事に着陸させるという話なんだ」
「非国民」
とミミズたち。
「売国奴」
とダンゴムシたち。
「もちろんこれは例外的なことで、戦争は戦争だ。しかし、1914年のヨーロッパ戦線、クリスマスの前線で英国、ドイツ、フランスの兵士たちは銃を置き、一緒にクリスマスをお祝いしたんだよ。これも例外的なことだけどね」
太陽が野原と川を照らし、草の上に座ってダンゴムシとミミズに説教する聡の姿が、小さい生き物たちと一緒に川面に映った。

「ミミズさんもダンゴムシさんも、同じくらいかっこいいんだ。この暖かな太陽の光が降り注ぐ草も、川も、森も、雲も、みんな素晴らしいんだ。だから、殺虫剤会社に言われて殺虫剤をお互いに撒くなんて、そんな恐ろしいことは止めよう。殺虫剤会社が喜ぶだけだ。この素敵な、暖かい春をみんなで一緒に楽しもう」

ミミズもダンゴムシも黙った。ミミズはミニチュアスプレーを捨てた。どこに捨てても有害だけど、できるだけ川から離れた所に。
ダンゴムシたちはミミズたちと長いこと見つめ合い、それから握手をした。ミミズの握手って?(笑)
モンシロチョウが聡の肩にまた留まった。

「できればあの殺虫剤工場をなかったことにしたいけど」
聡は言った
「それは僕ら人間が動くべきことだね」
モンシロチョウは聡の鼻にキスをして、飛んで行った。
ダンゴムシとミミズは長いこと一緒に座っていた。
そして、環境の一要素に過ぎない人間である聡はその場をそっと立ち去った。
折しも、萌原山を青とピンクの夕焼けが染め始めた時刻だった。



おわり

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