急な転勤

文字数 1,383文字

「おいおい、主役が1次会で居なくなるって、そりゃねえだろ」
「すいません、明日、新しいアパートの内見なんで」
「新しいアパートって、どんな所だ?」
「いや、だから、明日、見に行くんですよ……でも……」
「でも、何だ?」
「以前、住んでたアパートみたいな場所じゃなきゃいいんですけどねえ……。あそこは酷かった。南向きって聞いてたのに日が差さなくて選択モノは乾かない。エアコン付の筈なのに、そのエアコンが壊れてた。しかも、半年に1度は住民が死ぬか夜逃げするか……」
「いつの話?」
「いつって、そりゃ……」
 あれ?
 そう言えば……大学の時は、親元から通って……就職してからは社員寮。
 どうなってる?
「あれ? 自分で思ってるより……酔ってるのかな?」

 転勤先は新幹線で行かなきゃいけないような場所だった。
 何とか自由席が空いてたが、座った途端に眠気がしてきた。
 やがて、うつらうつらと……。

 夢の中で、俺は……じめじめとした和室の中に居た。
「すいません、大家さん。隣の部屋の人を最近見てなくて……しかも、隣の部屋から変な臭いがするんですが……」
『え〜、またかい。仕方ないなぁ……』
 俺は、大家への連絡を終えると部屋を出て……。
 たまの休みだ。こんな陰鬱なアパートから出て、どこかに遊びにでも……。
 その瞬間、同じ階の部屋全てのドアが開く。
 1年前に住人が死んだ筈の部屋。
 半年前に住人が夜逃げした筈の部屋。
 1年半前に……。
 それぞれの部屋から出て来たモノは……。
 それどころじゃない。
 階段からも足音がする。
 2階からも何かが下りてきている。
 逃げようにも……1階の一番奥が俺の部屋だ。
 逃げ場は無い。
 意を決して……隣の部屋から出て来たヤツを殴り付け……。
 効いてない。
 自分の手首を痛めただけ……。
 ああ、そうだ……子供の頃に見た夢と同じだ。
 俺をいじめてた、いじめっ子に反撃する夢。
 何度、いじめっ子を殴っても、いじめっ子は平然としていた。
 その夢を見た数日後……俺はいじめっ子に反撃し……。
 結果的に、いじめられてた俺が、いじめっ子に一方的に殴りかかった事になり……親が学校に呼ばれ……。

 新幹線を下りる予定の駅の手前で目が覚めた。
 何だ?
 あの夢のアパートに見覚えが……いや、見覚えが有る気がするのか?
 過去にも別の夢で、よく似たアパートを見たような気が……。

 げんなりした気分で、不動産屋から説明を受け……不動産屋の車で、新しく借りるアパートに行き……。
「あっ……」
 その光景を見た不動産屋は……絶句の後、気まずそうな表情になった。
 そりゃあ、そうだ……。
 警官達が数人がかりで死体袋にしか思えないモノをアパートから運び出していた。
 どう見ても死体袋なのに……それが死体袋だって確信を持てなかったのは……その死体袋のサイズが相撲取りでも入ってそうな位の大きさだったからだ。
「あ……あの……こちらの方が大家さんです」
「あ……どうも……」
 大家の顔に貼り付いてるのは……愛想笑いか……それとも顔の筋肉が痙攣してるのか判断が難しい表情……。
「じゃ……じゃあ、内見の方を……」
「は……はぁ……」
 ああああ……。
 嘘だ。
 冗談じゃない。
 でも、転勤までに別のアパートを探す時間は……無い。
 どうなってんだ?
 そのアパートの外観は……新幹線の中で見た夢に出て来たモノにソックリだった。
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