第1話

文字数 1,755文字

 田舎って、つくづく不思議なものだと思う。
 田舎に帰るのは二年ぶりである。でも、ぼく自身それほど田舎に愛着があるわけでもないので、帰れなくてつらいとか、そういうことはなかった。むしろ、家族や、それに付随する諸々のしがらみから解放されることを考えれば、嬉しいくらいであった。
 そもそも、ぼくが大学で田舎から遠く離れたのは、しがらみから抜け出したかったということが大きい。家族とか、親戚とか、近所付き合いなどのしがらみが大嫌いだったし、それに愛想を振りまく両親を、卑しいと思った。信用ならないと思った。退屈だと思った。ぼくはもっと、心から好きな人と付き合い、もっと確かな刺激を得たいと思った。だからぼくは、高校を出たら、都会に行くと決めていた。そのことで親とは何度も揉めたけれど、そんなこと、屁とも思わなかった。
 でも、結果から言えば、それは失敗に終わった。大学で好きだと思える人には何人も出会ったけれど、なぜか、心が通じ合っているという感覚を得ることができなかった。みんな、薄情だと思った。みんな、ぼくに興味がないのだと思った。そうやって、ぼくはどんどんひとりになっていった。それも、今考えれば、田舎のしがらみに慣れてしまったからだと思う。しがらみは、ベタベタとしている分、確かな温かみがある。その温かみに慣れてしまえば、都会流のさばさばとした友情を、友情と思えなくなってしまう。ぼくも、東京の友達と何度も遊ぶ機会があった。話題のお店のスイーツを食べに行ったり、レンタルルームでゲームをしたりしたが、終わって解散した後、ぼくはひとり首を傾げるのが常であった。みんなは、本当に今の時間を楽しいと思っているのだろうか? 今の時間で、お互いのことを知り、心の交流をはかれたと思っているのだろうか? そういう疑問が、いつも頭をもたげた。ぼくは、ずっとひとりでいるような気分だった。
 しかし、それと同時に、心の温かみを嫌悪しているようなところがあった。大学にいる間、ぼくに好意を持ってくれる人に少なからず出会ったが、そういう人たちをもれなく軽蔑していた。自分を好きになるなんて、よほどセンスがないに違いない。こんなやつとつるんでいれば、自分までつまらなくなる。そう思った。ぼくは、誰かに自分を好きになってほしかったけれど、同時に、自分を好きになるやつなど嫌いだった。面倒くさい性格だよな、ほんと。
 まあそれも、今思えば、ただの田舎コンプレックスだったのかもしれない。ぼくは、田舎のような温かみを求めつつも、田舎出身のつまらない自分にコンプレックスがあった。もっと都会に馴染めばこんな悩みも消えるのかな、と思い、色々とトライして見たのだが、結局のところ、都会に馴染むことはできなかった。ぼくはやっぱり、田舎の人間を抜け出せなかった。
 田舎に帰るつもりはなかったのだが、ぼくの彼女に、「親のことが嫌いでも、仲のいいフリだけはしておいた方がいいよ」と言われたので、帰ることにした。結局、ぼくは両親と同じようなことをやっているわけだ。それが平気なくらいには、ぼくも大人になっていた。父や母は、ほとんど変わっていなかった。実家も、綺麗なところは綺麗なままだし、汚いところは汚いままであった。姉は、数年前も見ていたアイドルのDVDを、昨日発売されたものかのように熱狂して見ていた。全てがそのままの状態で保存されているように思われた。そして、おそらく、ぼくもそれほど変化していないのだろうと思った。
 久々に実家の風呂に入りながら、確かな温かみを感じた。一度出て行ったぼくを、変わらず歓迎してくれる両親をありがたいと思った。もう、両親に対する煩わしさはほとんどなく、その心の温かみを十分に感じ取ることができた。しかし、その温かみの奥底に、苦い感情がうごめいているのが感じられた。これはなんだろう? 変わりたいと思いながら、結局は実家に戻ってきてしまったことに対する罪悪感だろうか? ぼくはこんなところで何をやっているのだという焦りだろうか? それとも単純に、数年ぶりの実家でどう振る舞っていいかわからない不安だろうか? ぼくにはわからない。ただ、こういう苦い感情を抱えたまま生きていかなければならないのだということは、なんとなくわかった。
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