お化け屋敷は苦手だ

文字数 2,016文字

 お化け屋敷は苦手だ。
 亡くなった人のことなんて、放っておけよって思う。大抵の人は供養されて、多分それぞれの信じる世界に行くし、悪い事をした奴は、地獄で断罪される。面白おかしく怖がったり、変な衣装や化粧をして、驚かせたりするなって思うんだ。
 そんな俺は今、小さなお化け屋敷の前で入館の順番待ちをしている。妹がどうしても行きたいって言うから、しょうがないけど休みの日に一緒に来たんだ。まあ、あるあるだよね。それにしても、こじんまりとした変哲の無さそうなお化け屋敷に、何でこうも行列が出来ているんだろうか。そう思っていた時、妹がある噂話をして来た。
「ねえ兄上、知ってる?このお化け屋敷、本物のお化けが出るって噂らしいよ。自分にも見えるかどうか試しに来る人が多くて、中には気分が悪くなる人もいるんだって。多分これ本当だと思うんだよね」
「なにっ!だから来たかったの?もう、絶対面倒くさいじゃん。なんかちょっと、そうかなとは思ったけど。うわー、行きたくないわ。っておい、聞いてないし」
 言葉虚しく、妹は従業員さんにチケットを渡し、薄暗い建物の中に嬉しげに入って行った。マジかよ。休んだ気にならないじゃん。頭の中がうるさかったが、一呼吸おいて、中に入る決心をして、足早に入り口をくぐって行った。


 建物の中は、昨今の値上げの波の影響なのか、ところどころのエアコンが壊れていて、直す費用が無いのか蒸し暑い。しかし、それが一層気味悪さを増している。ああ、塩分が摂取出来るタブレットでも口に含んでくるんだった。
「ぐわあああぁ」
「うがあああぁ」
 当然突然、気味の悪い格好をした演者さんが触れること無く驚かせに来た。それに対して妹は、自らも気味の悪い呻き声を出して、演者さんに対抗している。演者さん、付き合ってくれてありがとう。お疲れ様です。
 通り抜けの出来る部屋に差し掛かった時、空気がガラッと変わった。クーラーが効いている寒気では無い、恐ろしさから来る寒気が背筋を凍らせた。
「ここにいるね」
 妹が確信する。部屋の真ん中に白く光って浮かぶ、くらげの様な何かが見て取れた。と思った次の瞬間、自分の顔の周りにまとわり付き、息をできなくする。マズい、と思った次の瞬間、光る物体はもう一度部屋の真ん中に戻って、俺のことを口も無いくせに態度で嘲笑った。
「なるほど、気分が悪くなる人がいるって言うのは、息をできなくするって事か。実害を及ぼす奴なんだな」
 独り言を言い終えた時、再びこちらに移動してきた。二度と同じ手にはかからない。ポケットから鍵を取り出し、宙に門を描き、その中心で鍵を時計回りにひねった。具現化した青銅の門が重々しい音を立てて左右へと開いていき、たちまち奴がその中へ吸い込まれていく。往生際の悪い奴は吸い込まれながらも抵抗して、門にしがみついて、何とかこちらの世界に留まろうとしている。
「この世にどんだけ未練があるか知らないけど、霊になって人様に害を加える奴は、罰するに値する。一切の希望を捨てろ。地獄行きだ」
「ナ、ナニモンダ、オマエェェ」
 よっぽど俺たちに驚いたのか、はっきりと言葉で聞こえるように、空気を振動させてきた。
「喋れるんだ。兄上はね、閻魔大王のひ孫で、四人兄妹の一番上の頼れる兄貴だよ。こっちの世界に留まっている悪い霊を、地獄に強制的に連れて行けるの。あ、ちなみに私は、そういう霊がいないか情報を確認する係だよ」
「まあ、たまに外れる時もあるけどね」
 余計な事を言って、妹に首を絞められる。ギブギブ。この霊にやられた時より苦しい。
 このやり取りに奴は含み笑いをし、気を取られ、地獄の中へ吸い込まれていった。噂は本当だったが、とりあえず霊は連れてったので良しとしよう。
「いやあ、仕事してしまった。そうだ、母さんに連絡して、代わりの害の無い霊を呼んでもらわないと」
 駆け足で出口に辿り着き、すぐ連絡して、次のお客さんが通るまでに、ただ浮遊が好きな大気くらげを入れてもらった。
「出てきたお客さんの反応を見ると、大丈夫そうだな」
「何人かには間に合わなかったけど、良いと思うよ」
「よし、これでお化け屋敷の繁盛もそのままに出来るし、経営者さんの生活が苦になることも無いだろう。クーラーも直せるだろうし」
「さすが兄上。未来を見据えた対応するよね」
「まあね。とりあえずオッケーかな。後は、閻王に報告行かなくちゃなあ。ああ、億劫だなぁ」
 現状維持をやり終えて、何事も無かったようにお化け屋敷を後にした。
 お化けの格好をして、なんだかんだやってると、本物のお化けが寄って来ちゃうから、そいつ大抵悪い奴だから、亡くなった人のことは、本当に放っといていい。でも、それが出来たら俺たちは要らないのか。だとしても、この事案は無くすことが出来るから、なるべくやらないで欲しい。ああ、だんだん頭の中がうるさくなってきた。もう帰って寝よう。
 やっぱり、お化け屋敷は苦手だ。
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