第2話 先輩は強く美しいんです!

文字数 2,678文字


 トキを突き飛ばしたのは、二人組の体格のいい野盗だった。みずからの筋肉をアピールするかのように迷彩模様のタンクトップを着ていて、太い腕には釘をたくさん打ちこんだ棍棒を手にしている。典型的な「悪党」姿の男たちはドアをバンと音を立てて乱暴に開けた。

 棍棒を揺すらせながら二人の侵入者はまっすぐ、寝ている女性のところに近づいていく。
 膝が震えて立つこともできないトキは四つん這いになって戸の中を恐る恐る覗き込んだ。

 「おい女! 起きろ」
 「・・・」
 「金と薬と水を出せや!」
 「・・・」
 「なんで起きないんじゃ!!」
 男たちは棍棒を高くかかげて怒鳴りあげた。

 「・・・はぃ? いらっしゃいませぇ、どこか具合が悪いのですか?」

 看護婦は寝ぼけた声で顔を上げた。切れ長の目が印象的な美しい女性だ。

 ――ど、どうしよう。まずいよ、助けなきゃ。

 声が出ないトキは動揺しながらもバックパックの中に手を突っ込んでなにかを探し始めた。そして、小さな赤い石を取り出すと右手でぎゅっと握って、ぐるぐると手首を振り回しはじめた。

 ふんわりと手の甲が赤く光が漏れはじめた。

 ――間に合うかな? ぎりぎりだよ。
 あせったトキはもっていた石をポロリと地面に落とした。「しまった」

 「なにを寝ぼけとるんじゃ。金出せ、金!」

 凄みを効かす野盗にようやく目を覚ました看護婦だが、今度は上品な笑顔をつくってみせた。

 「もう受付時間は終わりましてよ。明日また、いらしてくださるかしら? お・に・い・さ・ん。ほほほ」
 手をわざとらしく口もとに添えて笑った。

  強盗に驚きもしない看護婦の態度に切れた野盗の一人が「キエーッ」と奇声を上げながら棍棒を看護婦めがけて振り落とした。


  ドカッ! ガシャ


 「あーっ! 危ない」
 カウンターの壊れる音にトキは思わず目をつぶった。

 

 ――術の発動が間に合わなかった…。


ところが、トキの視界には壊れたカウンターしかなかった。同じく男たちの目にも。

「あれ? あの女、どこにいった?」
 きょろきょろとする野盗にもう一人の仲間が叫ぶ。「兄貴ぃ! 上だ!  飛んだんだ」
 ふわりと天井近くまでスレンダーな体を浮かした看護婦は、信じられない様子でポカンと口を開けた野盗の顔の真ん中に赤いハイヒールをめり込ませた。歯の折れる音が響いた。

 「ぐえ。パ、パンティは……白だった……」

 情けない断末魔を残した野盗は顔から床へ崩れ落ちた。

 「いやね、エッチな、お兄さん」

看護婦は静かに着地すると、ゆっくりとした動作で、しかし最小限の動きでもう一人の野盗へ振り向くと、今度は隙なく構えた。

 「ヤロー。ふざけやがって」

 もう一人の男が棍棒を振り回しながら近づいてくる。

 「野郎野郎って、こんな美女を捕まえて失礼ね」

 看護婦は、空気を切りさくスピードで迫る棍棒をぎりぎりでかわすと、また床を軽く蹴り、空中に飛んだ。

 「二度もだまされるか!」
 反応した男はさっと上を見る。が、そこには白いナースキャップが浮いているだけだった。
 看護婦は帽子だけを空中に投げておきながら、すばやく低くしゃがんでいたのだ。すっと男の目の前に立ち上がると、勢いよく、すらりと伸びた右足で蹴り上げた。つま先が男のあごに入り、男の体は反り返りのけぞる。さらに、男にくるりと背を向けると、目にも止まらない速さで後ろ蹴りを突き放ったのだ。
ハイヒールの尖ったかかとは男のみぞおちに吸い込まれていった。ウゲっと短い声で男は床に倒れこんだ。それとともに。

 ビリビリビリ……。

 タイトな白いスカートが股の辺りまで破れた音が響いた。

 「あらぁ。また破いてしまったわ。婦長に怒られるかしら、ほほほ」
 「ウー、強えぇッ」

 うなりながら野盗が手を伸ばして、看護婦に助けを求めるように足首をつかんだ。女の顔からすーっと笑みが消えた。

 「オラッ! なに触っとるんじゃあ。寝とけボケ」

 ドスの効いた声で鋭い蹴りをみぞおちに食らわせた。男はあっさり気絶した。



 半ば腰を抜かしてお尻を地面につけたまま格闘を眺めていたトキの目の前のガラス戸がバタンと開いた。
 格闘していた看護婦が細い腕にもかかわらずそれぞれ百キロはありそうな男たちの襟首を片手でつまみ引きずっている。

 「あら? どなたかしら。聞いての通り。もう外来の時間は終りましたわよ」

 トキの存在にさして驚きもせず、微笑みかけながら男たちをポンポンと外に向かって放り投げていった。

 「わ、わたし、暁トキと申します。ベガルタ女学館高等部の一年生で十六歳です。今日から新人看護婦としてお世話になります」

 トキは急いで立ち上がり、看護婦の背中へ頭をペコリと下げる。中に戻ろうとした看護婦はくるりと振り返った。
 「なあんだ。新人が来ることは聞いていたわよ。はしたないところを見せてしまったわね。私は主任看護婦の鈴里すずりよ。ここで働いてもう四、五、六年経つから二十四歳ね。よろしく」鈴里は指折り数を数えながら年を計算すると、優しい笑顔を見せた。

 そのしぐさに故郷にいる姉のことがふと心に浮かびトキはほっとした。

 「さあさあ、トキちゃん。ぼんやりしていないで中に入って」

鈴里に促されて、トキは後から建物の中に入っていた。

 「荷物はそれだけなの? 疲れたでしょ、バスできたの?」

 野盗のことよりもバスでの長旅を心配しながら話しかけてくる鈴里。そののん気さに、トキは少しおかしくなって問いかけた。

 「大丈夫です。あの」
 「なあに? トキちゃん」

 体は大丈夫ですか、と聞こうとしたが、その笑顔を見て、全く問題がないことを確信したトキはちょっと考えて聞いた。
 「鈴里さんって素敵な名前ですね」
 「そうかな、ありがとう」

 その時、受付の建物の天井にあるスピーカーから若い男の笑い声が流れはじめた。


 『ぷぷぷ。本名は鈴木里子。中等学校時代のあだ名は里芋でした。ぷぷぷ』


 鈴里は足を止めると、スピーカーの横の監視カメラに向かって中指を立てて言い放った。

 「うるせー! キルキル。見ていたなら助けに来い! 後でぶっ殺すからな」


 ポカンとしたトキに、また笑顔に戻った鈴里が説明を始めた。

 「あの声は病院の警備隊長のキルキルさ。口は悪いけど頼りになるし、いいやつだよ」

 「は、はぁ」
 トキは苦笑いするしかなかった。
 「でも、なんだか楽しそう。鈴里さん、よろしくお願いします」
 「そうでしょ。楽しいよ、ここは。さあ病院に入ろう」

二人は壊れたカウンターの破片をまたぎながら、大きな木の扉を押し開けて、城塞の中に歩みを進めていった。
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