第1話

文字数 1,035文字

 上司の炎天下が暑い視線で私の事を見下ろしている。同僚のアスファルトは昼過ぎのピークに向けて黒い身体を微かに揺らして、熱を蓄えている。彼の体表は熱で揺らめき表情は読み取れない。そよ風は閻魔大王の様な上司、炎天下に睨まれて縮こまり、絶滅危惧種の風鈴を撫でることもできないでいる。蝉も短い寿命を熱気をかき立てる為に消費させられている。私はその鳴き声を聞きながら、鳴いている。暑い息を吐き出しながら。私は田舎者の室外機だ。炎天下様は私に「課金を辞めない人間を懲らしめるのだ」と命令を送りつける。都会ならまだしも田舎で室外機が頑張ったところで高が知れている。それを上司はグローバルな視点で怒鳴るのだ。どうしろと言うのだろうか。私にはてんでわからない。機械仕掛けの私はスイッチを押され、設計通りに動くことしかできない。努力とは無縁の存在なのだ。だから、私は努力してみせる為に金属製の白い肌に暑い視線を集めるのだ。それでも吐き出す息の暑さは変わらない。私だって何十の私が集まれば現象にすらなれるのに、愉快そうに飛ぶツバメを卑屈に見上げた。彼らは低く飛びバッタを捉えた。私は誰の目にも映りはしない。
 どんよりと曇った空から雷と水滴が降り注ぐ。私の仕事は変わらない。カエルが鳴き、人間は窓を閉め、木々は歓喜するように身体を揺らす。私は身動き出来ずにただ雷を恐れた。ただの労働者の私はもし壊れでもしたら捨てられておしまいだ。誰も私を気にしないのだから、愛着とは無縁なのだ。ただ、身体が頑丈な為に長い間ぼーっと景色を眺めていられるのだ。風が強く吹き、私の体に雨粒が当たる。カラカラ、パラパラと身体中で音が鳴る。楽しく歌を歌うたび、努力した金属板の熱が気化していく。アスファルトの様に湿った熱気を作ることもなく、ただ無意味に音になって昼間の努力が溶けていった。私は何故だか心地よく、炎天下なんて上司じゃないのではないか、決まりきった権力関係に疑問を持った。私達細々としたどうでも良いものが先にあって、結果として夏があるのだ。私はこの考えを同僚に伝えたかったが誰一人として私を気にしてなどいないのだから、ただ言葉がカラカラ歌になって落雷の轟音にかき消されただけだった。
 夏の盛り、反抗的になった私は遂に仕事をサボったのだ。地球の熱がナノパーセントでも減れば良いと。上司は睨むだけで何も出来ない。上機嫌に青空を見上げる私をサンダルが蹴飛ばした。「ちゃんとはたらけよ。暑いじゃないか」と人間が言う。
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