メーデー!

文字数 5,576文字

『メーデー!』

〇神野桜瀬(じんの・おうせ)男。25歳。皮肉屋。丁寧な毒舌。死霊使い。
〇龍尾志緒(りゅうび・しお)男。27歳。おおらか。口は悪いが筋は通っている。死神。

〇エース・男。見た目年齢16歳。明るい少年。火の精霊。
〇ジャック・男。見た目年齢18歳。静かな青年。水の精霊。
〇クイーン・女。見た目年齢25歳。お姉さん系。雷の精霊。
〇キング・男。見た目年齢25歳。無口で落ち着いている。風の精霊。

〇宮坂亜実里(みやさか・あみり)18歳。バンドボーカルだったので、声はいい。車椅子。

〇カフェの店員

***

〇渋谷の高層ビルの屋上(夜)

神野桜瀬(25)が飛び降り防止の柵の上に座っている。

SE・風の音

神野「……今日も汚らわしい魂が彷徨っていますね。非常に美しい風景だ」

エース「そうか? オレにはギラギラしてて気持ち悪く見えるけどなぁ」

ジャック「エースはまだ死霊から精霊になったばかりだからね。
そういう僕にもこの街は気色悪く見えてしまうけども。
     原色ばかりで趣味が悪い」

クイーン「でも、私たちみたいに精霊になるほど魂を磨けば、きっと美しくなるわよ。
     桜瀬はそれがわかっているんでしょ?
     ねぇ、キング」

キング「む……クイーンの言う通りだろう。エースもジャックもまだまだ若い」

エース「何言ってんの、キング。オレはそんなに子どもじゃねぇっての」

ジャック「僕も心外だな。エースみたいな子どもと一緒にされるのは」

エース「おい、ジャック!」

クイーン「もう、この子たちは……」

キング「だから子どもなんだと言っている。わからんのか?」

SE:突然スマホの通知が鳴る。

神野「フン……依頼ですか。やれやれ。また誰か私に『破壊』を依頼してくるとは。
ククッ……(喉の奥で笑いながら)本当に人間は汚らわしいですね」

キング「どんな依頼だ?」

神野「ライブハウスを『破壊』してほしい……。
そう書いてありますが、彼女の本当の狙いは別にあるでしょう」

エース「破壊か! やった、久々に遊べる!!」

ジャック「ライブハウス? なんでそんなところを……」

クイーン「そういう場所は、よくも悪くも魂が集まるから。
それこそ桜瀬の好きな『汚い魂』のね」

キング「依頼人は相当の恨みを募らせていると見た」

神野「だからいいのではないですか。恨みの詰まった魂……磨きがいがあります」

エース「うぇぇ、桜瀬はドSだなぁ」

ジャック「まぁ僕らも桜瀬に魂を磨かれたわけだけども」

クイーン「だから『精霊』になれたんでしょう? それは感謝しないと」

キング「俺らは依頼者とは違って拾われた身だ。文句を言うんじゃない」

エース「(元気なく)はあい……」

神野「とりあえず依頼の相手の話を聞いてみましょうか。
   自ら『死にたい』と言っている人間です。会うのが楽しみですね」

ジャック「いや、死にたいとはまだ言ってないでしょ……」

クイーン「まあまあ。よくわからずに依頼しているんでしょう? 絶好のカモよ」

キング「クイーン、『カモ』という言い方はよくない。
『自分でも気づかずに自殺志願者になっている』というほうが正しいな」

神野「なんだっていいですよ。
お前たち、持ち霊の分際で少々わきまえていないところが多いですよ。
(笑顔で)……誰の許可を得て、雑談しているんですか?」

エース「ひぃっ!」

ジャック「うっ……」

クイーン「(笑いながら)またお仕置きコースかしら?」

キング「桜瀬は少し寛容になったほうがいいぞ」

神野「持ち霊に言われる筋合いはありませんね」

神野、柵から飛び降りる

SE・着地する音

神野「……っと。あと数分で夜明けです。
   日差しは苦手ですが、昼に打ち合わせに行きますよ。
   (にっこり笑って)お前たちは『大人しく』していてくださいね」

エース「わかってるよ……」
 キング「桜瀬、警備員の交代の時間だ。そろそろ……」

 神野「言われずともわかっていますよ。余計なお世話です」

 ジャック「そういうところだよ?」
 
 クイーン「桜瀬らしいでしょ?」

 神野「私は帰って寝ます。キング、依頼人の素行調査をお願いします。
    エースは掃除、ジャックは食事の用意。
クイーンはライブハウスの下調べを頼みますよ」

 エース「人使い荒っ!」

クイーン「私たちは精霊だから、『霊使い』でしょう?」
 
ジャック「相変わらずだなぁ……」
 
キング「俺たちは自ら桜瀬と契約したんだ。文句は言えない」

エース「騙されたんだ!」

ジャック「弱みに付け込まれたっていうか……」

クイーン「それでもいいじゃない。精霊になれたんだから」

神野「行きますよ、お前たち。
無駄話をしている暇があるなら、先に帰って仕事に取り掛かってください」

 SE・神野の足音
 SE・風の音

〇カフェ(昼)

 SE・カフェに来店する音(カランカラン)

神野「キング、クイーン、詳細を」
 キング「依頼者は宮坂亜実里、18歳。『コロラドグレーズ』というバンドのボーカルだ。
     ……いや、『ボーカルだった』が正しいか?」

 エース「今は違うの?」

 キング「ある事故が原因で、車椅子生活になってな。バンドは解散した」

 神野「(コーヒーを一口飲んで)ほう、なかなか興味深い逸材ですね」

 ジャック「事故って何があったの?」

 キング「それはクイーンから」

 クイーン「ライブハウスのライトが落下してきて、その下敷きになったの。
      彼女が『破壊してほしい』と言っているライブハウスは、そこよ」

 神野「いい具合に魂が汚れたようです。
きっと彼女の目はどす黒く濁っていて美しいことでしょうね」

 エース「あ、来たよ」

SE・カフェに来店する音
 
 宮坂亜実里(18)が車椅子で来店する。

 カフェの店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

 亜実里「待ち合わせで……。黒いスーツを着た男性なんですけど」

 カフェの店員「(神野を見つけて)……あっ!
少々お待ちください。お席の準備をします」

 SE・イスを片付ける音
 カフェの店員「お待たせしました、こちらへどうぞ」

 車椅子で神野のテーブルに移動する、亜実里。

 亜実里「……あの、神野さんですよね」

神野「(コーヒーカップを置いて)宮坂亜実里さん。ご依頼は承りました」

亜実里「あの……詳細は聞かないんですか? 
私、神野さんが『破壊屋』ってことしか知らなくて」

 神野「私はどこで?」

 亜実里「ネットの掲示板で噂になっていたから……。
    都市伝説じゃないかと思ってましたけど」

 神野「へぇ……では、ネットの情報以上のことは知らない?」

 亜実里「はい。例えば……その、報酬のこととか」

 神野「報酬は、安いものですよ。お金ではありませんし」

 亜実里「ま、まさか、体……」

神野「フッ(嘲笑)、冗談はやめていただきたい。
私をあなたが今まで付き合ってきたような低俗な人間と一緒にしないでください。
あなたはあくまでも『ただのコレクション』です」

 亜実里「え? コレ……」

 クイーン「ちょっと、桜瀬!」

 神野「いえ、『私の実績の一部』という意味ですよ。深く考えないでください」

 亜実里「はぁ……」

 エース「桜瀬、さっさと契約しちゃってよ! 怪しまれる前に!」

 ジャック「うるさいよ、エース」

 神野「では、契約書を読んで、このタブレットにサインをお願いします」

 亜実里「は、はい!」

 契約書を読まずにサインする亜実里

 SE・ペンを置く音

 神野「契約締結ですね」

 亜実里「(真剣に)これで本当にあのライブハウスを破壊してくれるんですね?」

 神野「ええ、もちろんです。実行は今夜。
あなたには、私のそばで見学していてもらいます」

 亜実里「わかりました。……フフッ、あの箱が壊れる様を見られるんだ…‥。
    フフッ……」

 ジャック「……イカレてる」

 キング「そうなるのも理解はできるが……」

 神野「なお、契約の解約はお承りできませんので、ご了承ください」

 亜実里「はい! 大丈夫です」

 クイーン「キングの調査通りの子ね」

 エース「いいじゃん、これで大暴れできるんだし!」

 神野「……では、今夜23時に、道玄坂大田ビルの屋上で。
お勘定は置いておきますので、ごゆっくり」

 亜実里「よろしくお願いします!」

 神野、カフェを出る。

〇道玄坂大田ビル、屋上(夜)

 SE・風の音

 ジャック「来るかな、依頼人」
 
 神野「来るでしょう。あの汚れた目は本気でした。
    本気で『人を呪う』目……。
    自分を車椅子にした人間たちが憎い。
    『自分ひとりが不幸になるくらいなら、全員不幸になれ』という、素晴らしい感性の持ち主です」

SE・靴音

神野「おや? こんな場所に部外者が来るなんて。悪霊かな?」

 エース「ジャック! 見てなかったの?」
 
 ジャック「いや……僕は誰も見てないよ。どういうこと?」

 龍尾志緒(27)が屋上に現れる。

龍尾「死霊使いの神野桜瀬だな?」

神野「……ふむ、霊の類ですか? にしては、かなりがたいがよいみたいですが。
霊だったら私の持ち霊に加えてもいいですよ」

龍尾「ふざけるな。俺は死神の龍尾だ。お前を『霊界法令第69条』違反で検挙する」

神野「死神? ああ、お役所仕事の方ですか。私の持ち霊が気づかないわけだ」


 エース「死神って?」

 キング「桜瀬の天敵だ」

龍尾「依頼人は来ないぞ。お前に獲られる魂だ、さっきにこちらが『保護』してやった」

 クイーン「……何が保護よ」

 ジャック「どういうこと? クイーン」

 クイーン「……」

神野「私のコレクションに加える前に、『自殺』させたんですか? 
ああ、死神って怖いなぁ! お役所仕事で人を殺してしまうんだから!」

 龍尾「お前の魂も狩り取ってやる。なんだかんだ言っても、お前はただの人間だからな」

 神野「ただの人間? あまり私のことを軽く見ないでいただきたい。
    あなたたちが甘く見ているただの人間が、何をするか……。
その目で焼き付けてください! クイーン、エース、キング!」

 エース「おうっ!」

 キング「いいのか?」

 クイーン「私たちは桜瀬の命令に逆らえないでしょ?」

 神野「マスターの名において! サンダー・フレイム・ウインド!」

 SE・雷が落ちる音
SE・豪炎と風の音

 龍尾「(溜息)……」

 神野「私があのライブハウスにいる人々の命を奪っても、何も言わないんですね」

龍尾「今夜予測のデータが上がってきている。
    宮坂亜実里の自殺。宮坂はお前との契約後、自分が怖くなったんだよ。
    そして、ライブハウスの落雷火災。
    これも予測通りの事態だ。他の班が魂の回収をしている」

神野「すべてはお役所の予測データ通りということですか」

 龍尾「そうだ。
    お前は指名手配犯だからな。
    人の生死は特殊な事情がなければ変えることはできない。
    ただし、裏で手を引いている『霊』がいなければ、のことだ」

 ジャック「(息をのんで)っ! ……霊って、僕ら?」

 龍尾「神野、お前の持ち霊を回収する。
お前が霊を使って、『人間の手では引き起こせないイレギュラーな事故』を引き起こしているのは調査済だ。
お前の魂は狩り取ったあと、永久に封印する」

 神野「……ふふっ……」

 龍尾「……」

 神野「ふふふふ、ハハハハハハッ! 私の持ち霊の回収ですって?
    何を言っているのですか? 
こいつらは元から、あなた方『お役所仕事』が見落とした霊たちですよ?
地縛霊だったこいつらを、精霊になるまで私が丁寧に磨き上げたんですから!」

 龍尾「なんだと……? 地縛霊?」

 神野「エース、ジャック、クイーン、キング……。こいつらはあなた方の『正しい名簿』から除外されていた霊たちなのです。
    そんな野良を拾ってここまで育て上げたのに……回収? ハッ!
    ふざけるのも大概にしてください!
    そう簡単に手渡すわけがない!」
 龍尾「だったら簡単だ。お前の魂を狩らせてもらう」

 神野「おや? 暴力で来るつもりですか? ……ああ、そういえば。
    あなたのこと、私知っています。
    風の噂で『鎌を持たない死神』がいるとか
    都市伝説だと思っていましたけどもね」

 龍尾「お前も都市伝説じゃねぇか。何笑ってやがる」

 神野「ふふっ……いえいえ……。
鎌がなかったらどうやって魂を狩るのかなぁと思いまして。
もしかして、お役所仕事の免罪符である鎌を所持していないということは……。
あなたも『こちら側』なのかな」

 龍尾「だったらなんだ」

神野「お役所のことはよく存じませんが、あなたと手合わせしたところで、何も私は得るものがない。
   それどころか、今日の獲物も仕留め損ねた。
   あなたと無駄話する余地はありませんね」

龍尾「じゃあ、勝手に魂、狩らせてもらうぞ?」

神野「冗談じゃない。さっさと退散しますよ、お前ら」

 龍尾「行かせてたまるか!」

 神野「それでは……」

 龍尾「飛び降りる気か?」

 神野「滅相もない。またお会いしましょう」

 SE・風の音

 龍尾「……いない? 逃がしたか。ちっ、口達者な野郎が俺は一番苦手なんだよ……」

〇路上(夜)

 ジャック「逃げたけど、大丈夫なのか? 桜瀬」

 クイーン「あの男、また会いそうね」

 SE・火が付く音

 エース「会ったら俺の炎で焼き尽くしてやるよ!」

SE・水で消される音

 ジャック「それはいいけど、今火遊びしたら僕の水ですぐ消すからね?
      あいつに見つかりたいの?」

 キング「しかし……一筋縄ではいかなさそうな男だったな。どうする?」

 神野「ふふっ、また会ったら、そのときは運命かもしれませんね。
    死神……興味深い逸材です。
    再会を楽しみにしていますよ、龍尾さん」


                                 【了】
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