第4話 何モノデモナイ者ノ記憶
文字数 1,898文字
どこまでも続く木々。
終わりはない。
それというのもこれは誰かの記憶か情報、或いは何かの力で構成されたものだからだ。
だとすれば、急激で妙な周囲の変化についても納得できる。
枯れ木から紅葉へ、そして若い緑の葉へ。そしてまた枯れ木へ。
空からはひらりひらりと雪が舞い落ち、地面が白く染まっている。
辺りは目覚めたころよりも明るい。夜明けが近いのだ。
もしも、全ての記憶を取り戻す前に夜が明けてしまったらどうなるのだろう。初めに告げられたあの言葉。聞き取ることができなかった。おそらく良くない意味を持つものだと、勘が告げる。
ただあの男は信用ならない。
ふざけた口調や態度や、それだけではない。言葉も行動も、全てが偽りで塗り固められているような、そんな気がしてならない。
張り付いたような笑顔。
金色の目の奥にある光。
その奥に男の本当の顔があるのではないか。
それでも、
「ウソツキ」
あの時の、あの顔だけはこれまでの時間の中で、男が初めて見せた唯一の素顔であるように思えた。
そしてあの一瞬、自分の中に流れ込んできた記憶。
あれは、きっと……
そこまで考えたところで、彼はふと立ち止まる。
降り積もる雪に突き立っていたのは、木製の長い杖だ。
彼が探していたもの。
彼の、彼のためだけに作られた黒檀の杖。
両手で掴み、引き抜く。杖に触れると同時に、彼は再び人の姿を得た。
高峰に頂く雪の銀色の髪、そして澄み切った空の青の瞳。華奢に見えるけれど、実は重い杖を携え動けるように鍛えられた身体。
丸い形の頭に、吊った目の、成人男性の姿。
首筋に揺れた耳飾りが当たる。
「あーあ」
太い木の枝に寝そべった男がこちらを見下ろしていた。
「つっまんねえなあ、人間に戻っちゃった? いやいやまだまだ、君は全てを見つけていない。だって君を構成するものはもっともっと他にもたくさんあるのだから。今までのは昔々の君の話。もっと未来にある君の姿は? どこにあるんだろうね。さあ早く探さないと」
「アンノウン」
声を遮り、男を見上げて彼は言った。
「何者でもないもの。それはおれのことやない。お前のことや」
ニタアと、男は唇を歪ませる。
体が徐々に透きとおり消え、その後でぎゅっと、雪を踏む音が背後から聞こえたが、彼は動かなかった。振り向いても、どうせまたいない。翻弄されるだけだろう。
「あの時見えた記憶は、お前のもんやろ? お前は、本当は何者でもないものなんかやなかった。アンノウン、お前は」
「シ――――ッ!」
男が正面に現れて、彼の唇をひとさし指の先で押さえた。
その手をしっかりと摑まえて、唇の上から退かせる。しかし捕らえた手は離さない。彼の姿は再び白金の髪と翠緑の瞳の少女のものに変じていた。
「お前もただの人間やった。そしてこれは、お前の記憶の中にある姿。おれの中に残る彼女の欠片、それがお前の記憶と共鳴して、形作られたもの」
男の空いた方の手が彼の、いや彼女の肩にかかるまっすぐな髪を掬い上げ口付ける。
「ずっと、」
「ずっとずっとずっとあんたに会いたかった」
その目は狂気をはらんでいた。
その目は飢えた獣のようだった。
「あんたが欲しかった。DW-07」
***
昔々争いの絶えない世界がありました。
ある時魔法の力を見つけた人々は、その力を使って恐ろしい兵器を作り出しました。
その兵器は美しい娘の姿をしていました。
娘の力は嵐のように一瞬にして一つの国を滅ぼすことができるほどに強力で、娘の肌はダイヤモンドのように固く、誰も傷つけることはできませんでした。
彼女はいいました。
「私は争いを終わらせるために生み出された。その為に、この世界を滅ぼす」
娘はまず、自分を生み出した国をたった一人で滅ぼしました。
すると、そこに一人の青年がやってきていいました。
「あんた綺麗だなあ」
娘に課せられた使命は全てを滅ぼすこと。娘は青年に剣を向け、彼のことも滅ぼそうとしました。
青年は慌てていいました。
「まってまってまって。オレはあんたになら壊されてもいい。あんたならオレのこともきっと壊せるだろう。でもオレはあんたが世界を滅ぼすところを見てみたい。だからオレを壊すのは一番最後にしてくれないか?」
青年は娘と共に旅をしました。
世界を巡り、すべてを壊す旅です。
旅の間、その時だけ青年はただのヒトに戻った気がしました。
その感情を、今はヒトではなくなった青年には、なんと呼べばいいのかわかりませんでした。
ただその時間は、青年にとって楽しいものでした。
青年にとって、かけがえのないものでした。
青年は、初めて を知りました。
終わりはない。
それというのもこれは誰かの記憶か情報、或いは何かの力で構成されたものだからだ。
だとすれば、急激で妙な周囲の変化についても納得できる。
枯れ木から紅葉へ、そして若い緑の葉へ。そしてまた枯れ木へ。
空からはひらりひらりと雪が舞い落ち、地面が白く染まっている。
辺りは目覚めたころよりも明るい。夜明けが近いのだ。
もしも、全ての記憶を取り戻す前に夜が明けてしまったらどうなるのだろう。初めに告げられたあの言葉。聞き取ることができなかった。おそらく良くない意味を持つものだと、勘が告げる。
ただあの男は信用ならない。
ふざけた口調や態度や、それだけではない。言葉も行動も、全てが偽りで塗り固められているような、そんな気がしてならない。
張り付いたような笑顔。
金色の目の奥にある光。
その奥に男の本当の顔があるのではないか。
それでも、
「ウソツキ」
あの時の、あの顔だけはこれまでの時間の中で、男が初めて見せた唯一の素顔であるように思えた。
そしてあの一瞬、自分の中に流れ込んできた記憶。
あれは、きっと……
そこまで考えたところで、彼はふと立ち止まる。
降り積もる雪に突き立っていたのは、木製の長い杖だ。
彼が探していたもの。
彼の、彼のためだけに作られた黒檀の杖。
両手で掴み、引き抜く。杖に触れると同時に、彼は再び人の姿を得た。
高峰に頂く雪の銀色の髪、そして澄み切った空の青の瞳。華奢に見えるけれど、実は重い杖を携え動けるように鍛えられた身体。
丸い形の頭に、吊った目の、成人男性の姿。
首筋に揺れた耳飾りが当たる。
「あーあ」
太い木の枝に寝そべった男がこちらを見下ろしていた。
「つっまんねえなあ、人間に戻っちゃった? いやいやまだまだ、君は全てを見つけていない。だって君を構成するものはもっともっと他にもたくさんあるのだから。今までのは昔々の君の話。もっと未来にある君の姿は? どこにあるんだろうね。さあ早く探さないと」
「アンノウン」
声を遮り、男を見上げて彼は言った。
「何者でもないもの。それはおれのことやない。お前のことや」
ニタアと、男は唇を歪ませる。
体が徐々に透きとおり消え、その後でぎゅっと、雪を踏む音が背後から聞こえたが、彼は動かなかった。振り向いても、どうせまたいない。翻弄されるだけだろう。
「あの時見えた記憶は、お前のもんやろ? お前は、本当は何者でもないものなんかやなかった。アンノウン、お前は」
「シ――――ッ!」
男が正面に現れて、彼の唇をひとさし指の先で押さえた。
その手をしっかりと摑まえて、唇の上から退かせる。しかし捕らえた手は離さない。彼の姿は再び白金の髪と翠緑の瞳の少女のものに変じていた。
「お前もただの人間やった。そしてこれは、お前の記憶の中にある姿。おれの中に残る彼女の欠片、それがお前の記憶と共鳴して、形作られたもの」
男の空いた方の手が彼の、いや彼女の肩にかかるまっすぐな髪を掬い上げ口付ける。
「ずっと、」
「ずっとずっとずっとあんたに会いたかった」
その目は狂気をはらんでいた。
その目は飢えた獣のようだった。
「あんたが欲しかった。DW-07」
***
昔々争いの絶えない世界がありました。
ある時魔法の力を見つけた人々は、その力を使って恐ろしい兵器を作り出しました。
その兵器は美しい娘の姿をしていました。
娘の力は嵐のように一瞬にして一つの国を滅ぼすことができるほどに強力で、娘の肌はダイヤモンドのように固く、誰も傷つけることはできませんでした。
彼女はいいました。
「私は争いを終わらせるために生み出された。その為に、この世界を滅ぼす」
娘はまず、自分を生み出した国をたった一人で滅ぼしました。
すると、そこに一人の青年がやってきていいました。
「あんた綺麗だなあ」
娘に課せられた使命は全てを滅ぼすこと。娘は青年に剣を向け、彼のことも滅ぼそうとしました。
青年は慌てていいました。
「まってまってまって。オレはあんたになら壊されてもいい。あんたならオレのこともきっと壊せるだろう。でもオレはあんたが世界を滅ぼすところを見てみたい。だからオレを壊すのは一番最後にしてくれないか?」
青年は娘と共に旅をしました。
世界を巡り、すべてを壊す旅です。
旅の間、その時だけ青年はただのヒトに戻った気がしました。
その感情を、今はヒトではなくなった青年には、なんと呼べばいいのかわかりませんでした。
ただその時間は、青年にとって楽しいものでした。
青年にとって、かけがえのないものでした。
青年は、初めて を知りました。