第3話 北の町の隠れ家

文字数 739文字

 二軒目はショットバー。
 下北沢のにあった「ストンプ」のような気取らない、真の音楽好きが集うような佇まいがいい。店内に流れるのは、七〇年代以前のブラックミュージックのみというのも徹底している。
 旭川で洒落た店に出会えるとは、嬉しさといったらこの上ない。旭川の繁華街は五分もあれば通り抜けてしまうような一画だが、東京のチェーン店ばかりになってしまった平面な顔と比べると、充実感は旭川のほうが上ではなかろうか。

 日々仕事に追われて草臥れてしまったオヤジには、この店の雰囲気も極楽浄土である。ハイワットの高級スピーカーでLPレコードをかけるのも、店主のこだわりを感じ、昔都内に点在していたジャズ喫茶のようで嬉しい。
 レコードの盤面を柔らかい布でふいて、プレーヤーに載せる。針が下りた時のパチパチとしたノイズまでが、LPレコードならでは聴くまでの儀式である。
 デジタル録音された音楽は、この儀式がないせいか無機質な感じがして、どうも頑固一徹になりつつある耳には合わない。訊くと、店主は長年にわたって蒐集した逸品を自分だけ愉しむのはと思い、定年を機に店を開いたという。
 そして「家では大きな音でソウルやブルースを聴くと、家族から五月蠅いと言われまして」と耳打ちする。

 ふとミーターズの「ピープル・セイ」が久しぶりに聴きたいと思った途端、店内にあの独特のリズムが流れ始めた。
 店主には何もリクエストしていないのに聴きたい音が一致したのだろうか、もしくは占い師の資質があるの人なのだろうか、何か神々しい啓示を感じる。無理難題な仕事で旭川まで来た私へ、神様からのご褒美なのか。今宵はそのぐらい思い上がっても、バチは当たらないだろう。
 ようやく雪が降り止んだ。旭川の夜はしんと静まり優しかった。



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