第1話

文字数 550文字

蛙は月を見ておりました。
黄色い半分のぼんやりと白く浮かぶこの月を今年最後に、蛙はしばらくの間、また土に戻ります。
蛙は月を見つめながら、まっくろい目玉を大きく揺すり、月を揺らして遊びました。
黄色い半分のぼんやりとした月は、蛙の目の中でいつまでもゆらゆらと、少し歪んでゆられていました。
蛙はふと、去年ここで妹と一緒に月を見ていた事を思い出しました。
(元気だろうか‥)
蛙はゆらゆら月をゆらすのを止め、もう一度ゆっくり月を見上げました。そして、父や母や妹のいる遥かカノープスを、静かに想いました。
(今度目を開ける時、ぼくは何処にいるのだろう‥)
半分の黄色い月は、蛙の小豆色(あずきいろ)したでこぼこの背中を、てらてらとあめ色に光らせました。
 浅黄色(あさぎいろ)の空は、さらさらと砂時計のように心地よく、鼠色(ねずみいろ)の夜更けにゆっくりと溶けてゆきました。

 やがて空に夜明けの星がギンギンと光りだし、新しい朝の空気は無数の細かい霧となって、蛙の体を冷たく濡らしました。
蛙はゆっくり前を向き、そっと目を細めました。そして両足を丁寧に揃え直して向きを変えると、大きく一回ぴょんと跳ね、草叢(くさむら)の中に静かに消えてゆきました。
(ごきげんよう‥また逢う日まで)

 しんとした夜明けの露が、誰もいない草叢を、しっとり静かに湿らせました。

 空が、呼吸をし始めました。

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