卒業写真

文字数 1,706文字

 理沙子はいいよね。
 教室の窓際の席に腰を落とすと「ふう」とため息が出た。
 すぐそばで、女子グループがタレントの話で盛り上がっている。
 その中心人物である理沙子はクラスの人気者で、いつも四、五人の取り巻きがいる。それもそのはず、可愛いし、頭はいいし、性格もいい。
 以前、街で芸能プロダクションの人に声をかけられたって言っていたっけ。可愛い上にスタイル抜群だから、スカウトされたのならそのうち芸能界デビューするかもね。

 私はというと、ごく普通の女子高校生。
「真美って可愛い? ブス?」っていう質問に、「えー、どっちだろう……」って気をつかわせるくらい不細工なのは自覚している。
 普通の暮らしをしていれば、そんなのどうでもいいことだけど、今日は朝から気分がどんより曇っている。とうとう来てしまった、憂鬱な卒業アルバムの写真撮影の日が。
 卒業アルバムの写真は一生残る。こんなブス顔、残したくないに決まってる。
 我が家の伝説によると、亡くなったおばあちゃんは昔、三丁目小町と言われたくらい美人だったらしい。
 確かに、生前のおばあちゃんは鼻筋が通った色白で、年寄りだけど整った顔立ちをしてたのはよく覚えている。だから、昔は美人だったっていうのは信じるよ。
 だけど、おばあちゃんが美人でも、私の現状が変わるわけではない。

 もうすぐ写真撮影が始まるらしい。
 緊張してるのか焦っているのか、そわそわしてきた。落ち着け自分。とりあえずトイレにでも行ってこよう。
 トイレのドアを閉め、便座に座ってひと呼吸する。対面したドアをぼーっと見ていると、顔がぬうっと浮かび出した。
 目と鼻、口だけの、まるでカツラを外したマネキン人形のような顔だ。
 息が止まるほど驚いた。言葉より先に「誰?」と思った途端、顔が話しかけてきた。
「私の名前はコンバート」
 その声は、私の心に直接話しかけてくる。
「何? おばけ? なんでここにいるの?」
「あなたの人生のお手伝いをします」
「何それ」
「沈んだ影が、あなたの回りを取り囲んでいます。悩み事があるのでしょう」
 眉間のしわを感じながらコンバートを睨んだ。
「で、何をしてくれるの?」
「何をお望みでしょうか?」
 おばけが自分の望みを叶えてくれるだなんて、子供だましもいいところ。ばかばかしい。
 まあいいや、どうせできっこないわよ。
「理沙子みたいな可愛い女の子になりたい」
 そう思った瞬間、コンバートは消えた。

 高校の同窓会の知らせが届いた。早いもので、卒業から五十年経っている。
 みんな元気でいるかしら。年寄りの集まりは近況報告会よりも生存確認会のようなものだ。もちろん私も歳をとって、おばあちゃんと呼ばれるようになった。
 母親似の私は、歳をとったら亡き母のような風貌になると思っていたのに、ぜんぜん似ていない。
 十代の頃は面長で一重まぶただったのに、歳とともに丸顔で奥二重の顔立ちに変わってきた。中年になると二重顎が目だってきて、まるでキツネがタヌキに変身したみたいと自虐的に思っている。
 細面で品の良い面差しをしていた三丁目小町のおばあちゃんには、似ても似つかない。

 同窓会会場の受付で、自分の名札を受け取って胸に付ける。なんだか学生時代に戻ったようだ。
「あら真美、久しぶり」
 受付の傍に立っていた女性が声をかけてきた。名札を見るとクラスメイトの佳苗だった。
「ねえ、印刷が間違っていたの知ってた?」
 彼女が持っている卒業アルバムを開いて見ると、私の写真に理沙子の名前が印刷されている。そして理沙子の写真には私の名前が印刷されているのだ。
 卒業アルバムなんて見たくもなかったから、私は一度も開いたことがなかった。
 卒業式の後、誰も気が付かず指摘もせず、ずっと放置されていたのだ。
「あっ、あれ理沙子だわ。呼んでくるね」
 そう言って会場の中に入っていった。しばらくすると、佳苗が女性を連れて戻って来た。
 にこやかな笑顔でやってくる婦人を見て、私は息をのんだ。
 あの品のいい私のおばあちゃん、三丁目小町がこちらに向かって歩いてきた。
「真美、久しぶり」
 そんなバカな。亡くなったおばあちゃんが私に挨拶するなんて。
 (了)
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