第1話

文字数 1,998文字

 月明かりの中、女性2人が兵士たちに連行されていた。
2人の名はエマとリサ。

 どちらも二十代後半といった顔立ちで、ひどく痩せているが、この月夜に映えるほどの美女であった。エマは長い黒髪を肩まで伸ばしており、リサの方は短い赤毛だった。しかし、彼らの顔は薄汚れ、顔は傷だらけで、エマの方は殴られた跡があり口からは血が垂れ、痛々しかった。

 2人は手錠をされ、猿轡を咬まされ、5人の兵士が後ろを歩く。
どうやらエマは足も怪我しているらしく、足取りは遅い。いきなり、1人の兵士が後ろからエマの頭をライフルのストック部分の底で殴りつけた。
 
 エマはあまりの痛みにうなった。地面に倒れそうになったところを、リサが自身の体をあてて支えた。2人の目があった。お互いに信頼しあっている者同士の目をしていた。

「さっさと歩け!」

 だだっ広い場所に、背の高い痩せた木が二本立っていた。エマとサラはそこに別々に縛られた。手錠が外されることはなかった。

 前に立つ兵士たちの中から1人の男が進み出て、紙を取り出し、大声で読み出す。
周りの兵たちは薄ら笑いの表情をした者、退屈そうにしている者、早く帰りたそうに地面の石を蹴って遊んでいる者など、様々だ。

「罪状! 第三級市民、エマ・タカハシとリサ・アンダーソンは皇国領市内において法律で認められていないのにも関わらずキス、及び結婚をしようとし、さらに警官に逮捕される際に抵抗したため、日本皇国歴四十五年七月十五日二十時時三十分をもって、処刑を執行する!不服申し立てがあれば今言え、最後の機会だぞ!」

2人の猿轡は取り外された。リサは口を開く。

「あの警官は私達2人をレイプしようとした!だから殺したの!」と兵士を睨みつけながら言った。
「正当防衛なの!どうか!私たちを解放して!」とエマが続けた。

「異存ないな、よし!」

兵士は何も聞こえなかったかのように、紙を軍服の内ポケットにしまい、腰のホルスターから拳銃を取り出した。

「最後に言いたいことはあるか? あれば聞いてやる」
兵士は銃に弾をこめながら、めんどくさそうに言った。

エマはリサの方を向いて、じっと彼女を見つめた。

「必ず会える。きっと。どこかで」

リサはうなずいた。

「愛してる」

兵士たちはそれを聞いて笑った。「お前らは今から地獄に行くんだよ」と兵士の内の誰かが言い、さらに笑った。

2人の目から涙が溢れ、頬を伝う。

そして、闇に乾いた銃声が、二発響いた・・・・・・。


目を覚ますと、そこは・・・・・・

 窓からやわらかい光が差し込んで、机から顔をあげたエマの顔を照らす。
「もう、エマったら。また居眠り?」と彼女の前に座っている女子が笑った。知らない人だった。

 見回すと、周りは若い女性ばかりで、自分含めて全員同じ白い半袖ブラウスに黒いスカートを身につけている。皇民服を着ていない人間を初めて見た。年の頃は皆16か17といったところ。自分はその中で真ん中あたりに座っていた。

一体自分はなぜこんな所にいるのか・・・・・・? 自分は死んだはずでは?

この光景は、自分が二十歳の頃に見た記録フィルムにあった「教室」というものに似ていた。いや、似すぎていた。「偉大なる戦争」の百年前には女性たちはいろんな事をそこで学んだと、母は昔教えてくれた。しかしそんな過去のことは忘れ去られ、ほとんどの身分の低い女性は第一級民の奉仕者になった。自分もその一員であった。

夢を見ているのだろうか? 手の甲の皮をつねってみると痛く、夢ではないことがわかった。

エマたちの前に立つ、40代くらいの女性教師は時計を見ると、彼らに向きなおった。

「皆さん、今日、この学校にアメリカからの転校生が留学に来ます。温かく迎えてくださいね」

「転校生」、「留学」、「アメリカ」というのが一体どういうものかわからなかったが、誰かが来るのだけはわかった。

扉が開くと、そこにいたのは・・・・・・

リサだった。

「どうも、アメリカから来たリサ・アンダーソンです」と自己紹介すると、彼女はぺこりとお辞儀をした。

教師はリサにエマの隣の空いている席に座るように言った。

 エマにとって、全てはスローモーションのように感じられた。
信じられなかった。

その赤髪の綺麗なの女の子は、そのままエマの横に座ると、笑顔をむけてきた。

「よろしくね。あなたの名前は?」

彼女は自分の名前が何だったか思い出そうと一瞬パニックになった。

「エマ・・・・・・。よろしく」

声が震えていた。

 「エマさん、どうしたの? 私の顔、何かついてる?」
しまった。彼女の顔を長く見つめすぎていた。

「いや、別に・・・・・・」と返すのが精一杯だった。

不思議な気持ちだ。

涙が溢れてきたのだ。

この世界に、なぜか彼女と一緒にいれる嬉しさ。

「大丈夫?」とリサは心配そうにエマの顔を覗き込む。

無性に嬉しかった。

涙は止まらなかった。

止まるはずはなかった。

彼女の願いが叶ったのだから。





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