住処の予感

文字数 2,923文字

 爬虫類が二足歩行になったのは六百万年ほど前のことであるらしい。この小さな惑星で、我々爬虫類人は独自の文明を育み発展させ、平和で豊かな世界を築き上げた。むろん争いごとの絶えない時期もあったが、我々は自分たちの愚を学び、皆で手を取り合って安寧と秩序を手に入れたのである。
 数年前の話だが、我々の惑星では科学技術の発展が著しく、実のところ、天文学者の私は、それに一役買っていた。望遠鏡の開発によって人口に膾炙した私は、政府の目に留まり、多額の補助金を受け取って日々研究に励んでいた。
 忘れもしない、雲一つない夜のことであった。空が妙に美しい沈黙とともに無数の星々を鏤めていた。絶好の観察日和に興奮した私は、少年のような気持ちで望遠鏡を覗き込み、隅から隅までその満天を探検した。そして私は驚愕の発見をすることとなる。
 それまで見落としていたのか、発光する隕石のような物体を確認したのである。観察を続けていると、徐々にその物体は大きくなり、近づいてきていることが分かった。確信は持てなかったが、嫌な予感がした。まっすぐこちらに飛んできているとしたら・・・・・・。
 私は政府に対し即座に如上の発見を報告し、最悪それが隕石だった場合、衝突するかもしれない旨を申し上げた。
 政府は、その得体の知れぬ物体を注意深く観察し日々報告するように私に命じた。市民の混乱を避けるため、当事実はトップシークレットとして扱われ、選ばれた爬虫類人のみがシェルターへ避難させられることとなった。
 観察を続けていた私は、その物体が近づくにつれ、それが何かしらの機械のような形をしていることに気づいた。というより機械なのではないか、と思った。だとしたら、異星人の来訪? まさか。そんな空想話が現実に起こるわけない、と私は自分の妄想をそのとき嘲笑したのだけれど、数日後それが妄想でないことが分かり狼狽した。明らかに人工物だと分かったのは、その物体の形があまりに幾何学的なシンメトリーを形成し、しかもその存在をアピールするかのように強く点滅したからである。
 異星人の来訪を告げると、政府の要職たちは、隕石よりかは遥かにマシだと胸を撫でおろした。とはいえ、異星人が好意的な行動をとるかは全く検討がつかなかったので、彼らは、所有する全ての兵器を結集させ、もしもの事態に備えた。
 数日後、はっきりと望遠鏡に飛行物体の姿が映し出されると、私は言葉を失った。彼らの持つ科学技術は、我々のものとは到底比べものにならないほど先を行っている。そんなことは分かりきっていたはずなのに、いざ巨大な科学技術の結晶を目にすると、それが夢の産物なのか、現実に存するものなのか、分からなくなるほどの衝撃だった。
 ついに、異星人が我々の惑星に降り立つ日が来た。政府によって無数に用意された大砲は、空を覆う巨大建造物を前にして、がらくたの残骸にしか見えなかった。
 それはゆっくりと降下し地上に静かに停止した。巨大なハッチが開くと、誰もが息を潜めて、その一点に視線を注いだ。
 そして、異星人が姿を現した。彼らの容姿を見て、多くの人が安堵の息をついた。というのも「無数の触手を持った巨大な醜い異星人」という最悪の想像とは似ても似つかなかったからである。彼らは小柄だった。我々と同じく二足歩行であり、狂暴さとは無縁の表情をしていた。目、鼻、口、耳もついていた。我々と比べると、顔は平べったく、目の位置は前方にあった。鼻は低く、口も耳も小さかった。
 大統領が近づき頭を下げると、あちらも頭を下げた。その友好的な態度を確認したときの安堵感といったら、とても言葉にできない。我々の星が一夜にして異星人に食い尽くされる心配がひとまず消え失せたのである。
 来訪した異星人の数は一千人を超えていた。我々は互いに意思疎通をするように努めた。むろん当初言葉は通じなかったが、国文学者たちが日夜、簡易的な辞典を作るべく奮闘した甲斐があり、我々は、徐々に互いの言葉を理解できるようになった。
 異星人の科学技術には、驚嘆の連続だった。ホログラムという立体映像によって、彼らの故郷である海の惑星について説明してくれた。ただ彼らは、巨大な飛行物体の中で生まれたため、その「地球」という惑星を直に見たことがないらしかった。彼らの祖先は片道切符の飛行物体に乗り、我々の惑星を目指したのだ。一生を飛行物体の中で終えた幾世代もの祖先たちの努力に、私はたいそう感心した。この「人間」という地球人は、なんと気高い生物なのだろうと心の底から尊敬の念が湧いた。
 地球人の来訪によって、我々爬虫類人の生活は一変した。多くの爬虫類人が、地球人の持つ科学技術、言語、文化などあらゆるものを学びたいと欲した。地球人たちは、快く様々な知識を教授してくれた。その結果、我々の文明は飛躍的な発展を遂げた。いつからか地球人が政府の要職に就き、我々を先導してくれるようになった。多くの爬虫類人は、それを歓迎した。
 しかし、反対の声もあった。今まで積み上げてきた爬虫類人独自の文化が侵害されていると感じている者も少なからず存在したのである。というより思い返せば、誰もが多少感じていたことだったのかもしれない。それでも圧倒的な地球人の文明を前にすると、我々爬虫類人の文化は、あまりに稚拙に思えた。結果、多くの爬虫類人が地球人の文明を優先したのだった。
 とはいえ反対派の一部は過激化し、地球人を襲うようになった。そして最悪の事態が起こった。その過激派グループが地球人の政治家を殺害したのだ。
 これに激怒した地球人たちは、爬虫類人に対する監視を徹底的に強化した。爬虫類人の家全てに盗聴器が設置された事実が明るみに出ると、さすがに地球人に反発する爬虫類人の数が増えていった。爬虫類人による地球人への犯罪が発生するたびに、爬虫類人の自由は奪われ、ついには爬虫類人語の使用が禁止されるまでに至った。爬虫類人語を発せば、子どもでさえスパイとみなされ投獄されるようになった。爬虫類人の居住地域は、狭く土壌の悪い地区に限定された。
 かくして我々の惑星は、すっかり地球人のものとなった。今となれば、最初からそのつもりで来訪したのだろうと思う。騙されたのである。といっても、防ぎようなどあったのだろうか。
 私は今、地球人の巨大飛行船に乗り、地球を目指している。選ばれし百人の爬虫類人の一人である。私は故郷に残りたかったが、強制収容所送りを恐れて泣く泣く家族と別れた。地球に到着するのは、私のひ孫のひ孫のひ孫の世代か、それ以降の世代になるらしい。要するに、私はこの巨大飛行船の中で一生を終えるのである。酷い話だが、それでも自分はまだ幸福な方だと思っている。不幸なのは、これから生まれてくる世代だ。とりわけ地球に降り立つ世代である。
 私は以前、動物園なるものが地球にあるのを聞いた。さらに、昨日こっそり地球人同士の会話を聞いてしまったのだが、我々の子孫はそこで飼育されるらしい。なんとも哀れな話だ。私はその頃とっくに死んでいるから安心であるとはいえ、剥製の技術の存在を知って理解した。
 私の死後の住処は、博物館だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み