第1話

文字数 1,010文字

わたしは会社員です。
わたしは無理な仕事を断るのが苦手でした。

ある日の終業直前、上司に急ぎの仕事を頼まれました。

「プレゼン資料作成、頼む。明日の朝9時の会議に急遽必要になった。大体のあらましだけでいいからさ!簡単だろ。」

「はい、わかりました。」

わたしは、文句を言うより片づけたほうが早いと割り切り、資料作成を始めました。

情報を確認しに資料室へ向かうと、喫煙所から上司の話し声が聞こえてきました。

「まったく、便利なやつさ。終業間際の急な仕事も平気で引き受ける。付き合う恋人でもいれば、ふつうは断るだろう。いつも、にこにこ引き受けて・・・あいつ、俺に気があるのかな、はっはっはっ。」

あいつって、わたしのことでしょうか?
上司はわたしに聞かれているとは知らず、ひどいことを言っています。

この資料作成は上司の頼みだからではなく、仕事に必要だから頑張りますけどね。

早く片付けて帰ろうと、わたしは資料作成に励みました。

ところが、上司は、今度こそ完成だと思って持っていくたびに、小さなアラを指摘したり、新たな指示を追加し、24時も間近となりました。

上司はちらっと時計を見て、急に猫なで声になり、
「よく頑張ってくれたな。俺のおごりでラーメン食べに行こうぜ。」と、仕事とは無関係な、きなくさいことを言い出しました。

先刻、喫煙所で、上司は
(・・・あいつ、俺に気があるのかなあ・・・)とか、言っていましたよね。

まさか、公私混同のややこしいお誘い?

「遅くなると家の者が心配しますので!お先に失礼します!」

わたしは咄嗟に断り、脱兎のごとく会社を後にし、発車間際の終電に飛び乗って、やっと一息つけました。

車窓の暗がりに映り込む蛍光灯や沿線のカンカン鳴る遮断器の赤いランプの点滅を眺めていると、疲労で眠ってしまいそうです。わたしは一体、なんのためにこんな無理をしているのでしょうか?仕事の為とはいえ、理不尽なことは断る勇気も必要です。

気づけば、まもなく終着駅です。

「24時50分着・・・タクシー拾えるかしら?」

心配しても始まりません。

「24時50分ではシンデレラも魔法がとけて、カボチャの馬車は迎えにこないよね?」

でも、わたしはシンデレラではないし、何とかするさ。

わたしは、ガラスではない、頑丈で履きなれた靴を履いた両足でプラットフォームに降り立ち、諦めずにタクシー乗り場へ急ぎました。

大丈夫、わたしは自分で自分の道を見つけるからと、自分を励ましながら。

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